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石田のヲモツタコト

書いてるのは 石田剛 です。

「やりたくないことはやらない」は、ゴールではなくて出発点だ

小学校 PTA

# この記事は、 2014年4月13日 に公開したもの。*1


 今年の春は、小学校の「PTAの委員と係決め」に 2回 出た。そこで聞こえてくるのは、こんな声たち。

  • どの係だったら出る回数少ない?
  • 今年、これやったら来年は「免除」でしょ?*2
  • これやったら、他のはやらなくて良いんだよね?

 明らかに「ボランティアを募ってる」んじゃなくて、「やりたい人はまれにしか居ないから、それ以外はそっと押し付けあってる」のだ。


 もう、そんなことはやめよう。


 そもそもボランティアなんだから、「やりたい人だけが、やりたいことだけをやる。誰もやりたがらないことはやらない」が大前提であり、出発点でなければダメだ。「PTAに関わると、いろんな勉強になる」とか、「もっと多くの人に関わってもらってみんなで PTA を作っていきたい」とかの話は、上記の「大前提」の上に積んで行くのでなければダメだ。現状は、上記の「出発点」のはるか後方に立っている。ひょっとしたら後方ですらなく、ねじれの位置に居るのかもしれない。


 石田は今年、委員のひとつである「学級代表」を引き受けた*3。誰も立候補者が無く「クジで決めよう」って話になりかけたのだ。石田は「成人教育部」の委員に立候補するつもりだったのだが、挙手して司会の方に「成人教育部」の委員に、事前に立候補の意思を伝えた方が居らっしゃるか訊ねたところ「居らっしゃる」とのことだったので、すぐに再度挙手して「学級代表に立候補します」と言った。みなさん賛同してくれて、直ちに石田が学級代表に選出された。


 他の係の中にはサクラを募るものもある。もっとひどくて、講演会への動員を意図した係もある。この講演会は、ほぼ動員された方しか聴講しないんだから、もはやサクラですらない。


 ほとんどの保護者の方は、「こんなのおかしい」と気づいてるはずだ。それに気づいてなくても、少なくとも「イヤだ」とは思ってるのだ。おかしいものは正しい状態に変えよう。イヤなことは「イヤだ」と言える状況をつくろう。現状は「イヤ」とは言わせない「空気」と、強い同調圧力によって、それができていないのだ。


 「みんなでつくるPTA」が本当なら、変えられるはずだ。


--
石田剛 IshidaTsuyoshi

関連記事:*4

*1:blog の top に固定するために、日付を細工した。

*2:まったく「免除」ってなんだよ。事前にもらった委員と係を決める要領の資料にも、「これこれの条件を満たすなら免除だ」って書いてある。「免除」ってのは、もともとある義務や役務を免れる場合や、犯罪者が刑の執行を免れる場合に使う言葉だ。こんな場面で使う言葉じゃない。

*3:他にも係を 2つ 引き受けたが、それは些事だ。

*4:「小学校つるいち」は、石田が管理してる、もうひとつの blog だ。

PTA における『ボランティア』と『あのひと何もやってなくてズルい』

小学校 PTA

 今年度の学級代表として、最後の保護者会が終わった。この保護者会では、担任の先生からのお話の後、石田から学級代表として、来年度最初の保護者会の日程と、そこで PTA の委員と係を決めること、先に PTA本部 から配布した、その委員と係の希望調査票を出してくださいねってお話をした。


 そのお話のあとで、石田から「委員や係の経験者の方から、その楽しさをみなさんにお伝えしてほしい旨のお話が、運営委員会でありました。まあ、私が言い出したことなんですけどね。それで、今年でなくても良いので、どなたか、その『楽しさ』とかなんでも良いので、お話し頂ける方はいらっしゃいませんか?」と呼びかけた。

 石田は自身が挙手して見せて、周りを見回したが、挙手される方はいらっしゃらなかった。そこで、「では、私からお話します」と告げて、概ね以下の様なお話を、すごい早口でまくしたてた。*1


# 脚注は公開するにあたって補ったもの。

 私は、今年度、学級代表として「自転車安全教室」のお手伝い*2をさせていただきました。これは、本当にものすごく楽しかった。今日いらっしゃったみなさんもお感じのことでしょうが、子どもらは家と学校ではまったく違った顔を見せます*3。それは、人格違うのかってくらい違います。


 さらに、自転車安全教室では、子どもらは教室ともまた違った顔をします。これはグラウンドでやるのですが、そこで「わーわー」「キャーキャー」言っている子どもらの様子を見るのは、本当にとても楽しかったです。



 それから、私は通学路の指導もしました。通学路に黄色い旗持って立って、子どもらに挨拶したり、通学路での安全の指導をしたりするやつです。これも、ものすごく楽しかったです。あいさつは、大きな声でする子, まったくしない子, 声が小さい子 など、いろいろです。それで良いんです。子どもらは、今、練習している最中なんですから。


 なかには、とても大きな声でひょうきんなあいさつをしていく子どももいました。私の顔を知っていて、「あ、 息子2 のお父さんだ」とか「なにやってんの」とか、声をかけてくる子どももいました。本当にとても楽しい時間を過ごさせていただきました



 他に、運動会の後片付けの係も引き受けました。これはさすがに、それ自体が楽しいとは言い難い仕事です。しかし、運動会自体は子どもらはみんなとても楽しみにしていて、実際すごく楽しんでいた様子でした。そういう運動会の準備や後片付けを、学校の先生方だけでやるのが不合理であることは明らかです。そこにはたくさんの人手が必要です。そういう仕事を自分がすることによって、子どもらが運動会を楽しむことに、なにか自分が役立つことができたと感じることは、私にとってはとても嬉しいことでした。



 こんな具合に、本来 PTA はとても楽しいんです。私は子どもとなにかするのがとても楽しい。その子どものそばで活動できる PTA は、とても楽しくて然るべきなんです。


 けど、そこで、委員や係を誰かに押し付けようとしたり、『あのひと何もやってなくてズルい』とか言い出すと、ものすごく楽しくなくなってしまうんです。そういうことはやめてください。お願いします。


 そもそもボランティアでやってるんだから、やりたくない人は手を挙げさえしなければ良いはずなんです。ボランティアなんだから『やりたい人がやりたいことだけをやる』が基本です*4。とはいえ、実際はなかなかそうはいかない場合もあって、誰かがやらなければならない場合もあります。しかし、それでも押し付けることはしないで欲しいのです。



 今年は幸い、委員の希望調査票には、理由を述べずに「やらない」と意思表示できる選択肢を用意しました。まあ、これは石田がゴリ押しで入れた*5んですけどね。とにかく、やりたくない方はそこに丸しちゃってください。理由は言わなくて良いし、そして絶対に訊いてはいけないことなんです。


 世の中、残念ながら差別(や偏見)は現にあります。そうした中では、どうしても、ご自分の病気について他人に言えなくて苦しんでいる方は、必ずいらっしゃいます。そして、その病気の都合で PTA の仕事ができない場合は、普通にあることです。そういう苦しんでいる方に、「病気だからできない」なんて言わせないでください。そういうことを訊くのもやめてください


 今日、ここにいらっしゃるみなさんは、もちろん皆さん忙しい時間をやりくりして、いらしたはずです。私もそうです。しかし、世間にはそういうやりくりができるなんて、思いもよらないような状況の方も、たくさんいらっしゃるんです。そういう意味で、ここにいらっしゃるみなさんは、私も含めて、とても恵まれた境遇にあるんです


 先ほど先生から「各家庭ごとで事情は違う」「子どもには『うちはうち。よそはよそ』といったことも教えてください」というお話がありました。まったくそのとおりです。個々の家庭の事情は、ものすごく違うんです。そういう(学校に来たくても来れない)方を、苦しめるようなことはやめてください。お願いします。



 長々と喋ってしまってすみません。失礼しました。


 ありがたいことに、石田が話している最中に、数名の方が深く頷きながら訊いてくださっていた。この話が済んで、保護者会は散会した。その後、石田の述べた内容に賛同の意を伝えてくださった方も、複数いらっしゃった*6。とてもありがたかった。



 石田がまくしたてたことで、 PTA の委員や係を誰かに押し付けることや、『なにもやらなくてズルい』はダメなんだってことについて、たとえ少しでも、どなたかのお考えに、なにかの変化の種を撒くことができていればと願っている。

--
石田剛 IshidaTsuyshi

*1:本当は、もっとゆっくり、じっくり話しかけたくて、担任の先生にも事前に『PTA からのお話があるので時間をとっといてください』とお願いしておいたのだが、まあ年度末ってこともあって、先生も話したいことがたくさんあったのだろう。先生のお話はすごく長くて、もうかなり長い時間、みなさんお話を聞いてたので、石田は手短に済ませることにしたのだった。他にも話したいことは有ったのだが、それらはこの際削ることにした。

*2:「自転車安全教室」自体は、学校の学習活動として、学校が主催するもの。それを「お手伝いするボランティアを PTA で募る」のであるから、この場合は「お手伝い」という言葉を使うことに不満はない。
see: 他者の権利と自由を尊重すること - 石田のヲモツタコト 脚注*2

*3:毎度、保護者会の前は 5校時 の授業参観もセットになってて、ほとんどの方はそれを参観してから保護者会に出席される。

*4:本当は『誰もやりたがらない仕事はやらない』の話もしたかったが、時間の都合で省いた。

*5:この調査票について運営委員会で話し合った際に、石田は「理由を述べることなく『やらない』と意思表示できる選択肢が、ぜひとも必要だ」と強く主張して、これはなんとか盛り込むことができた。できあがった調査票のその選択肢が「やむを得ない事情がある」になってたことはおおいに不満だが、まあ無いよりは大幅にマシになったはずだ。

そこには、やらない理由として「現在妊娠中である」「転出が決まっている」「要介護の方が居る」って選択肢もある。石田は、「これらはプライバシーに関わることであり、このような事を訊き出すべきでなく、選択肢も提示すべきでない」とも主張したのだが、これは容れられなかった。

*6:その方に迷惑がかかると難儀なので、いつ、どこで、だれが、どのように伝えたのかは伏せる。

町田市教委では子どもを大声で罵倒することは容認しているそうだ

社会 町田市 小学校

 先に報じた、下記の件について町田市教育委員会から見解を頂いたので、それに対して石田からした回答と併せて公開する。*1

市教委から届いた見解 2015/02/04 受信:

石田様



いつもお世話になっております。


かねてより石田様からお問い合わせいただいた松田主任教諭の指導の件ついて、学校から報告を受けました。その報告に基づき、町田市教育委員会といたしましては、以下のとおり考えていることをお伝えいたします。


第1に、 息子2 君は、以前に3年生の友達の帽子を取り上げて濡れた草むらに置きっぱなしにしていました。松田主任教諭は、この件について注意喚起のための指導を行いました。そして、 息子2 君は、同じ友達に対して自転車に乗って追い掛け回しました。このような状況で松田主任教諭は、 息子2 君に対して「人として恥ずかしいと思わないのか」という言葉を用いて指導をしました。それは 息子2 君が過去にも同じようなことで指導を受けたことを思い出させ、繰り返し同じような行為を行ったことを反省させるために用いた言葉であり、人権を侵害するような暴言であるとは考えていません。


第2に、松田主任教諭は、 息子2 君に対して通常話す声よりも大きな声を出して指導を行いました。しかし、その際に松田主任教諭は 息子2 君の耳元で発した訳ではなく、ある程度の距離を保っていました。したがいまして、松田主任教諭が 息子2 君に対して身体的に著しい苦痛を与えたとは考えていません。


第3に、松田主任教諭は、一時の感情的な昂ぶりに任せて通常話す声よりも大きな声を発したというよりは、前回行った指導との差異をつけ、更なる注意喚起を図るという明確な意図をもって指導したと考えております。


第4に、 息子2 君は、アンケート調査及びその後の個別面談で体罰をされたとは考えていないと回答しています。このことからも松田主任教諭が 息子2 くんに対して精神的にも著しい苦痛を与えたとは考えていません。


以上のことから、本件は体罰とは考えておりませんが、松田教諭が行ったように大きな声で「人として恥ずかしくないのか」という言葉を用いる指導が、この場合最もふさわしい指導であるとも考えていません。冷静に繰り返し説諭することや、話し合いを通して嫌な思いをした友達の気持ちを十分に想起させることなど、様々な指導が考えられます。そこで、鶴川第一小学校にはこのことを伝え、管理職から松田教諭に対して指導を行うことを指導・助言いたしました。


ご理解の程、どうぞよろしくお願いいたします。



町田市教育委員会 指導主事 井元 章二


 これを受けて石田が送った回答のメールがこれ。脚注は、公開にあたって補ったもの。

石田が送った回答 2015/02/07 送信:

井元さん


 石田です。


 そのように考える根拠を述べてください。それ無しに、ただ「学校からの報告に基づきこう考える」とだけ述べられましても、それではただの妄言を聞いているのと同じです。石田はその報告が、事実が起こった後の十分に早い時期に作成した記録に基くものであるかも、その内容も知らないのです。


 井元さんの方では、どういう事実に基づいてそのような判断をなさったのでしょうか? ただ、報告の内容を鵜呑みにしただけですか?


 少なくとも、井元さんと石田の間には、「こういう事実があった」という合意は、まったくありません。まずは、井元さんが「事実と認識したこと」を、根拠を添えて述べてください。井元さんの方では、事実について石田と合意を形成しようとする意図は無く、ただ一方的に結論を提示したいだけであれば、明示的にそう述べてください。



 石田が事実を記録し、松田教諭と合意した時期*2は、先にお伝えしました通り、事実が起こってから充分に早い時期でした。当事者である松田教諭の記憶は、充分に鮮明であった可能性が高いと、石田は考えています。その合意した事実に基づいて、石田は松田教諭の行為が、指導として不適切だったと言うにとどまらず、それは体罰であり、パワーハラスメントであったと考えています。


 例えば、井元さんが、大勢の同僚や家族が見ている目の前で、上司から大声で「人として恥ずかしいと思わないのか」と罵倒されたとして、それはパワーハラスメントではないのですか? そのときに感じるであろう屈辱感や、自己の尊厳が踏みにじられる状況に、黙って耐えねばならないことが、大きな苦痛を伴うであろうこと、本当に想像できないのでしょうか?


 しかも、この時の井元さんは、上司が自分を殴れば、その上司の手には手錠がかかるということを知っています。それを知らない子どもが、腕力では到底敵うはずのない大人に大声で罵倒されたとき、どのような恐怖を感じるか、本当に想像できませんか?


 万一、この例えが不適切で、 息子2 の件と同様に考えることができないとお考えであれば、そう考える理由を述べてください。石田は、この例えは極めて適切であり、今回の問題を考えるに当たっては、このように考えることが重要だと考えています。



 そして、事があった 2014年10月20日 の夜に、このことについて石田が 息子2 と話し合ったときには、 息子2 はとても話し難そうな様子で逡巡し、要領を得ない応答を繰り返しました。その上で、ようやく聞き出せた話が「先生が何の話をしていたかは覚えていない。ただ、怖かった」でした。 息子2 が、その日の夜もまだ、強い恐怖を感じていたことは間違いない*3と、石田は認識しています。


 井元さんは、そういう事実を石田から聞き出す努力はまったくしないまま、ただ学校側の主張だけを聴き取って、石田に結論を送り付けてきました。これは、極めて不適切なことだと、石田は考えます。


 「会って話せば、聞き出そうとした」という言い訳はしないでください。 e-mail で訊ねれば済むことです。石田から、そうするように促すこともしました。



 自転車の件は、松田教諭はどのようにして、その事実を確認したのでしょう? その様子を松田教諭が見ていたわけではないこと、井元さんももちろんご承知ですよね? 石田の知る限りでは、松田教諭は、事実確認と言えるようなことはなにもしていないはずで、その事実について 息子2 と合意もしていません。



 声の大きさについては、先にお伝えしました通り、たまたま近くに居た 息子1 (息子2 の兄, 小6)が「すごく驚いた。とても怖かった」との旨を述べています。息子1 によれば、学校で怖い思いをしたのはそのときだけで、他に同じような怖いことは、記憶に無いとのことです。


 これを指して、「通常話す声よりも大きな声」と表現するのは不適切であり、「怒鳴りつけた」と表現するのが適切だと、石田は考えます。


 息子1 または石田が嘘をついているとお考えであれば、そう考える根拠を述べてください。



 「(大声によって)身体的に著しい苦痛を与えたとは考えていません」は、石田もそんなことは考えていませんし、そのようなことを述べた記憶もありません。なぜ、わざわざそのようなことを述べるのでしょう?


 石田は、大勢の児童が見ている場所で、大声で罵倒したことを「体罰である」と指摘しています。石田が「有形力による身体的な苦痛を伴う体罰」について述べているのでないことは、まったく明らかです。



 松田教諭が、一時の感情的な昂ぶりで他人を怒鳴りつける方であることは、石田は直に見て知っています。松田教諭が激昂して、石田を怒鳴りつけた件は、井元さんはご存知でないのでしょうか? その場には、村上校長と髙澤副校長も居たのですが、なにも聞いていないのですか?


 もっとも、石田を怒鳴りつける方が、子どもを相手にしても同様であるとは限らないことは、石田も理解しています。松田教諭が、子どもが相手の時には適切に自制できる方なのか否かは、石田にはわかりません。


 ただし、反抗するでもなく、黙って教員の話を聞いている子どもを、激昂していたわけでもないにも関わらず、大声で罵倒したのであれば、それはただの弱いものいじめです。この際に、「人として恥じるべき」なのが松田教諭であって、 息子2 ではないことは、まったく明らかであると石田は考えます。



  息子2 本人がアンケートなどで「体罰とは考えていない」と回答したということが、精神的な苦痛も無かったと考える根拠になるとの主張は、明らかに間違いです。


 体罰を受けた子どもが、それと自覚しなかったり、自覚していてもそう言えないことは、しばしばあることです。「体罰」という概念を正しく理解していないということも、おおいにあり得ます。*4


 子どもに限らず、ほとんどの人は苦痛を忘れることで、その苦痛から逃れられます。子どもが、そういう苦痛を与えた者を容易に赦してしまうことも、よくあることです。ましてや、毎日顔を合わせる担任の教員であれば尚更です。そういう身近な他人を、憎み続けるのは辛いことであり、子どもでも大人でも、その憎悪を忘れることによって、ラクになろうとすることはよくあることです。


 したがって、体罰があったその時点では強い苦痛を感じたにもかかわらず、後日の調査では、子ども自身が「体罰ではなかった」などと回答をするということは、おおいにあり得ることです。


 この、石田が述べた内容が間違っているとお考えであれば、町田市教育センターなどにいらっしゃる、児童心理の専門の方から、どこが間違っているか、具体的にご指摘いただければ幸いです。



 ところで 息子2 に「個人面談」をしたという話は初耳です。それは誰と誰が、いつ、どこで、どの程度の時間をかけてしたのか、至急にご回答願います。上記の内容によっては、 息子2 に対して、家庭での適切なケアが必要と考えます。*5


 その面談が、 息子2 にとって苦痛になる可能性があることを、学校が認識していたのであれば、事前に石田に相談したはずだと、石田は考えます。そういう相談が無かったということは、その可能性について、なんら考慮されなかったのだと断じざるを得ません。今後は、我が子に限らず、どの子どもに対しても、そのようなことはしないでください。



 井元さんから頂いた、町田市教育委会としての見解の内容は理解しました。もちろん同意はしません。上述したとおり、その内容はひどいものです。町田市の教育行政には、非常にまずい問題があること、改めて思い知りました。



 それから、この件について、学校から石田には「罵倒ではなくて叱責と考えている」と電話で伺った以外に、なんの説明もありません。この件、 10月27日に石田から学校に「体罰である」と指摘した後、なんの応答も無く、 12月 のはじめに石田からかけた電話でそういうお話を頂いたのみであるという事実は、井元さんには先にお伝えしたとおりです。


 このことをお伝えした際、井元さんは「なぜ、そのようなことになっているのか調べて回答する」と石田に言ったきり、未だ回答を頂いていません。


 引き続き、回答をお待ちしております。



 ところで、松田教諭の名前は 昂 だったはずだと、石田は記憶しています。


--
石田剛 IshidaTsuyoshi

*1:公開するにあたって、公開すべきでない人名をふたつ伏せた。市教委から届いたメールに記載されていた、松田教諭の下の名前は誤りである可能性が高いと判断したので、これも消した。

*2:事が起こったのが 2015/10/20 で、松田教諭と石田が『松田先生は、周囲の児童にも聞こえる声で、「恥ずかしいと思わないのか」などと言って 息子2 を罵倒した。その様子を、多くの児童が見ていた』という事実について合意したのは 2015/10/27 だった。この合意を取り消す旨のお話は、現在に至るまでまったくどなたからも頂いていない。この詳細は、このエントリの冒頭で示した下記で公開している。
子どもを大声で罵倒する小学校教員(前編) - 石田のヲモツタコト

*3:でなければ 息子2 は、石田と話す際に極端に話し難そうな態度で逡巡したりはしなかっただろう。自転車の件も、容易に話してくれただろう。息子2 が、石田と話す際にあんな態度をとったことは、あの時のほかは一度も無い。

*4:有形力や身体的な苦痛を伴わない体罰については、大人でも理解していない人が多いよね。

*5:幸い、 息子2 は、家庭では明るく楽しそうに生活している。石田から 息子2 に「松田とか副校長とかと、そういう話をしたか」「他の子どもがいないところで、誰か先生とお話とかしたか」「教室や廊下で立ち話とかはしたんじゃないのか」などと訊ねたが、 息子2 はすべて「無い」と応えた。しかし、それは 息子2 が忘れただけである可能性はおおいにある。とりあえず石田は、その時判った限りの事から必要と判断した「家庭での適切なケア」はしておいた。その中で、帽子の件や自転車で追いかけた件などについて、 息子2 が知る事実を聴き取り、その事実について 息子2 と石田は合意し、石田から 息子2 に適切な指導をした。松田による体罰の恐怖が無ければ、この 息子2 との事実の合意はもっと早く、容易にできていた可能性が高いと石田は考えている。ただし、ここで聴き取った帽子の件や自転車の件が、上に公開した「市教委から届いた見解」に記されている通りか否かについては明らかにしない。

他者の権利と自由を尊重すること

小学校 PTA 教育

 石田は、 鶴一小PTA*1 で学級代表委員やってる。それで、運営委員会にも出席して意見を述べたり、議決権を行使したりしている。

 前々回の運営委員会が始まる前に、石田は紙に印刷した議決案を PTA の会長に手渡し「運営委員会で議題に取り上げてください」との旨を述べた。石田は予め、すべての委員に配布できるだけの枚数を印刷して、その議決案を持参した。

 しかし、その前々回と、その後の前回の運営委員会では、主に次年度の委員と係*2について話しあうこと*3があって、石田の議案を取り上げる時間は無かった。

 そして前回の運営委員会が終わった後に 会長 が、石田が渡した議決案の束を持って、石田に返しに来た。会長曰く「取り上げる時間が無かったので、お返しします」だそうな。石田は「別に、次回、取り上げれば良いし、それもできないなら次年度の役員の方に引き継いでください」と述べて、受け取らなかった。

 運営委員会は、今年度中にもう 1回 ある。石田は、会長にお手紙を書いて、そのお手紙に「この議決案は、現在、違法な集団になってしまっている 鶴一小PTA が、正常な団体に立ち返るための、極めて重要な議決案です」との旨を述べて、次回の運営委員会で取り上げるように求めた。

 その議決案の全文を公開する。公開するにあたって、一部体裁を改めた*4ことと、脱字などを少し補った。強調と脚注は、公開にあたって付け加えたもの。

#01 鶴一小PTA が利用している個人情報について


 PTA(鶴川第一小学校PTAのこと。以下同じ。) は学校(鶴川第一小学校のこと。以下同じ。)から、児童や保護者の方の個人情報の提供を受けています。しかし現状では、この個人情報の提供について、学校は保護者の方から同意を得ていません。そのことを PTA も知っていながら、その個人情報を利用しています。


 このことには、重要な問題がふたつあります。


 そのひとつは、学校と PTA が、児童と保護者の方の権利を侵害していることです。これは、とても重要な事です。誰であれ、他人の権利を尊重しなければならないし、子どもらにもそう教えなくてはいけません。本来、子どものお手本であるべき小学校の先生方や PTA会員 が、児童や保護者の方の権利を侵害してはいけません。


 もうひとつの問題は、学校が町田市の条例に違反していること*5です。 PTA は学校が条例に違反する行為によって提供した個人情報を、違反の事実を知っていながら利用しています。これもまた、子どもたちのお手本として、相応しくないことです。


 PTA が、児童や保護者のみなさん個々の権利を侵害し続けないために、かつ PTA が正常な遵法精神に立ち返るために、そして、個々の PTA会員 が、子どもらの良いお手本であるために、以下のとおり議決することを提案します。


議決案の1: PTA から学校に、以下のことを求める。

  1. 直ちに個々の保護者の方の同意を書面で得て、同意を得た方の一覧を PTA に提供すること。
  2. その書面の写しを PTA に提供するか、またはその原本を PTA会員の求めに応じて閲覧させること。
  3. 上記 1. の同意を得る際、同意しない場合は、自動的に 鶴一小PTA を退会することになる旨を、保護者の方に周知すること。
  4. 上記 1. の同意を得る際、 鶴一小PTA は、鶴一小に通うすべての児童のために活動しているのだから、退会した場合に児童や保護者の方には、保護者の方が 鶴一小PTA での議決権を失うことのほかは、まったく不利益は無い旨を、保護者の方に周知すること。
  5. PTA は、 2015年1月31日 までに同意が得られなかった個人情報を、2015年2月28日 までに、すべて安全に破棄する。*6


【付録1】
町田市の web page から、町田市個人情報保護条例の当該箇所を抜粋しました。


http://www.city.machida.tokyo.jp/shisei/koukai/kojinjoho/jourei/jourei01.html

第2条:この条例において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
(1) 実施機関 市長、教育委員会選挙管理委員会、監査委員、農業委員会、固定資産評価審査委員会、病院事業管理者及び議会をいう。


http://www.city.machida.tokyo.jp/shisei/koukai/kojinjoho/jourei/jourei04.html

第13条:実施機関は、収集した保有個人情報について、第7条第1項の規定により登録された業務の目的の範囲を超えての利用(以下「目的外利用」という。)及び市の機関以外のものへの提供(以下「外部提供」という。)を行ってはならない。



議決案の2: 鶴一小PTA への入会手続きについて


 現在 鶴一小PTA は、教員および保護者の方の自由な意思表示が無いまま、すべての教員および保護者の方を会員にしています。これは、教員および保護者の方の「入会しない自由」を侵害しています。これは、とても重要な事です。誰であれ、他人の自由を尊重しなければならないし、子どもらにもそう教えなくてはいけません。本来、子どものお手本であるべき PTA会員 が、教員および保護者の方の自由を侵害してはいけません。


 PTA が、教員および保護者のみなさん個々の自由を侵害し続けないために、そして、個々の PTA会員 が、子どもらの良いお手本であるために、以下のとおり議決することを提案します。

  1. PTA は、直ちに書面で入会の意思表示を得る。その際、2015年1月31日までに入会の意思表示をしなかった方は、自動的に PTA を退会する旨を、保護者のみなさんに周知する。
  2. PTA は、2015年1月31日までに入会の意思を表示する書面が得られなかった教員および保護者の方について、2015年2月28日までに安全に破棄する。
  3. 会則の 第2条 および 第4条 を以下の通り改める旨、次回の総会で発議する。*7

改正前
第2条 本会は、父母と教師が協力して(以下略)
第4条 本会は鶴川第一小学校児童の父母またはこれに代わる者及び鶴川第一小学校の教員を会員とする。


改正後
第2条 本会は、保護者(事実上の保護者を含む。以下、同じ。)と教師が協力して(以下略)
第4条 鶴川第一小学校児童の保護者及び鶴川第一小学校の教員は、本会の会員になることができる。


 ところで、 鶴一小PTA では、去年の夏にあった運営委員会で、役員の提案で「運営委員会で話し合った内容は blog に書いちゃダメ」っていう非常にこっ恥ずかしい議決をしている。その議決があり、かつこの blogエントリ が公開されたことを理由に、議題に取り上げないって恥知らずなことを、この会長その他の役員たちならやりかねない。この役員らと、鶴一小の校長と副校長が、中学校で習う程度の「文明社会みんなのやくそく」を理解していないことは明らかだ。そのあたりのことがどうなったかは、たぶん、次回の運営委員会の後に、ここで書くことになるんだろう。


 それから、この議決案で述べたことを実行するための具体的なやり方は、既に校長に提案してある。この「やり方」には、学校も PTA役員 を含む PTA会員 も手間をかけずにラクにできるように、石田なりのくふうをしておいた。もっと手間を省く方法があれば、だれか教えてください。
 個人情報を PTA に提供する際の同意について - 石田のヲモツタコト

--
石田剛 IshidaTsuyoshi

*1:町田市立鶴川第一小学校に通う子どもらの保護者が入会している、 鶴川第一小学校PTA のこと。

*2:この「係」のことを、 鶴一小PTA では「お手伝い係」と呼んでいる。この「お手伝い」と言う言葉からは、主体性が感じられない。ってゆーか、わざわざ「主体ではない」って言ってる感じがしてイヤだ。石田は「お手伝い係」という呼称は「係」に改めるべきと考えている。けど、それより先に改めなければならない、より重要な課題が山積しているので、それは後回しにしている。

*3:この中で、次年度の委員と係について、 PTA会長 から全会員宛に出す手紙の案に、「これこれの場合は免除だ」という旨の記述があったので、石田は挙手して「『免除』はおかしい。『免除』ってのは、既に負っている義務や役務を免れる場合や、犯罪者が刑の執行を免れる場合に使う言葉だ。ボランティアを募るときに使う言葉じゃない」旨を述べた。この記述の『免除』の部分は、石田が提案したもうちょっとマシな言葉に置き換えることになったのだが、その言葉がなんだったかは忘れてしまった。

*4:主に、「はてな記法」で書く都合で改めた。

*5:ぶっちゃけ、この理由は石田としてはどうでも良い。条例に定めてあるからやらなきゃならないってことじゃない。

*6:これは、「学校に求めること」じゃないから、この箇条書きに含めたのは誤りだった。すまん。運営委員会で取り上げれば、石田から口頭で訂正しよう。

*7:『父母』を『保護者』に改めることを発議する旨は、石田から役員の方に提案して、ずっと前の運営委員会で既に議決している。
石田が PTA本部役員 の方に送った e-mail (2014年4月26日送信) - 石田のヲモツタコト

「小学校PTAで起こる『おとなの世界のいじめ』」は難解だった

小学校 PTA

 以前公開したエントリ「小学校PTAで起こる『おとなの世界のいじめ』」は、非常に難解だ。事が起こる前の経緯について伏せてたので、ひどく難解な内容になった。この伏せてあった経緯は、以前は blog に公開していたのだが、「小学校PTAで起こる『おとなの世界のいじめ』」を公開する前に、事情があって非公開にしていたのだった。けど、非公開にすべき事情が解消したようなので、再度公開する。

  1. 3年2組 PTA学級通信 の配布についてお願い - 石田のヲモツタコト
  2. Re: 子どもに持たせたお手紙について - 石田のヲモツタコト
  3. 鶴一小PTA の現状について、みなさんのご認識を教えてください - 石田のヲモツタコト
  4. 小学校PTAで起こる『おとなの世界のいじめ』 - 石田のヲモツタコト

 上から順に読んでいただければ、少しはわかりやすくなるんじゃないかと思うんだけど、やっぱり難解かも。


関連エントリ:

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石田剛 IshidaTsuyoshi

「blog に公開するから回答しない」はダメだ

小学校

 先に報じた、石田が小学校*1に宛てたお手紙に、『読んだ』とも『読まない』とも応答が無い件*2について、副校長*3から口頭で「回答すると blog に公開するから、文書では回答しない」*4とお話があった。


 この副校長の主張は、ものすごくダメだと石田は考える。以下、どうダメか述べる。


 1. それは端的に嘘だ

 現に、石田から学校に宛てた手紙で、「頂いた回答は石田が任意に公開します」と書いていた物に、この副校長から手紙で回答をもらっている例がある。「この回答をしたのは誤りだったから是正した」といったお話は、今のところもらっていない。
教師の裁量, 学校と親の対話, もしかしたら掛算話の続き - 石田のヲモツタコト

 この回答をしたときとは、事情が変わったとか気が変わったということはあり得るし、それはあっても構わないことだ。しかし、それならば何がどう変わったのか明らかにすべきだ。


 2. 学校が石田の自由を制限しようとしている

 石田は、社会の公器である小学校で、ダメなことが起こっていれば、それを世間に公にして問題提起すべきと考えている*5。その際には、公にすることによる得失を考慮し、誰かの権利や自由を不当に侵害しないか、よく考えてそうしている。

 現代の文明社会においては、石田にはそうする自由がある。そこで、学校が「公開するから回答しない(公開しないなら回答する用意がある)」などと述べるのは、つまり学校が石田の自由を制限しようとしているということだ。これは、法的にも道義的にも、ものすごくダメだ。

 子どもらに他者の権利と自由を尊重することの大切さを教えるべき学校が、このようなことをするべきではない。


 3. 学校は公開できないような回答をすべきでない

 学校からの回答には、特定の児童や保護者の方のプライバシーに関わる記述を含むこともあり得る。石田は、そういう物を公開しないこと、現に実践している。ただし、誰かの権利や自由を守るためであれば、誰かのプライバシーに関わることにも触れる必要がある場合はある。そういう場合は、その守るべき権利と自由とプライバシーについてよく考えて、「それでも公開すべき」と判断した場合だけ、石田は公開している。その際は、プライバシーに関わる記述が最小限度になるようにしているし、特にセンシティブな情報については、そういう秘密があること自体が明らかにならないよう、厳に注意している。

 この石田の判断や、記述の制限が不適切であれば、それは言論で批判すべきであり、石田はそういうご批判をありがたく傾聴している。*6

 そういうプライバシーに関わる事情とは別に、公開できない事情を抱えた回答を学校がしようとしているのであれば、そのような回答はすべきでない。


 ◆


 『読んだ』旨の応答が無いことについては、石田から副校長に「『読んだ』と応答するだけであれば、電話でも連絡ノートでも済んだ。それすらしないのはなぜか?」と訊ねたところ、思いもよらぬ回答があった。石田が、過去に手紙や連絡ノートで伝えた内容を読んで、学校が石田に電話や連絡ノートで通信することを、石田が禁じたと理解していたそうだ。

 そのようなことを石田は、手紙にも連絡ノートにも書いていない。校長と副校長が、なにを読んでそう誤解したのか訊き出して、その当該箇所を一緒に読み返した。そのとき石田は、その手紙と連絡ノートを持参していたので、確認は容易だった。確かにそのようなことは書いていないことを、 3人 で確認した。

 なにより、これまでずっと、担任の先生方とは電話でも連絡ノートでも、日常的に通信していた。そういう事実があるのに、「それはダメなんだと思ってた」なんて話を真顔でする人間が、本心からそう言っていると石田は理解すべきだろうか。石田は、この副校長は、嘘をつくことになんの良心の呵責も感じない方なのだと、理解せざるを得ない。*7

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石田剛 IshidaTsuyoshi


参考:
「石田のヲモツタコト」への苦情・お問い合せは石田へお願いします

*1:特定しておく。町田市立鶴川第一小学校だ。

*2:see:
『このお話を、各学級に下ろしてください』 - 石田のヲモツタコト
個人情報を PTA に提供する際の同意について - 石田のヲモツタコト
子どもの的確な発言を『それは違う』と言下に否定する小学校教員 - 石田のヲモツタコト

*3:2013年度の期初から現在(2014年12月)まで、この小学校の副校長の職にある方。

*4:実際には、会って話しても回答は得られなかった。その顛末は、たぶんまたこんど書く。

*5:ただし、公にしないで解決するのが望ましいことは当然にあって、実際にそうしている例も複数ある。それから、石田は公にしないで解決する努力を尽くしてから、公にするようにしている。これは、世の中全体の利益を考えれば、解決できた場合も公にするべきかもしれない。そのことは石田は『考え中』であって、これからもずっと考え続け、必要になるたびに都度判断することになるのだろう。

*6:それは、本当に石田にとって『とてもありがたいこと』なので、どなたでもご意見をお待ちしております。石田はそれを傾聴する態度で読みます。それで、石田の誤りに気づく事ができれば、それは石田にとって大きな得になることです。ただし、傾聴する態度で読んだ結果、同意できない場合は当然にあり得ます。そのご意見に反論する場合もあり得ます。そうすることは、文明の営みの一部である言論において、重要な事なのだと石田は考えています。

ただし、意味不明な発言をしつこく繰り返す方などについては、コメントの書き込みを制限する場合があります。現に、マルチハンドルで意味不明なコメントを繰り返していた方おひとりについて、コメントを書き込めない処置をしています。

*7:生まれつき、まったく平気で嘘をつくことができる子どもはたぶん居る。その子は『悪い子』じゃない。そういう子どもはおとなになる前に、『嘘をつかない練習』をしっかりしてその悪癖をできるだけ直すべきであり、併せて『嘘をついてると損する』ことを学び、理解すべきなのだと、石田は考えている。

子どもを大声で罵倒する小学校教員(後編)

小学校 体罰 子ども 教育

 先に報じた『子どもを大声で罵倒する小学校教員(前編) - 石田のヲモツタコト』の後編。

 前編の最後に載せた、松田教諭による回答を受けて、石田が松田教諭に宛てた手紙を公開する。強調と脚注は、 (※1), (※2) 以外は、公開するにあたって補ったもの。*1

 この手紙は 2014年11月4日 に 息子2 が松田教諭に手渡し、同じ日に連絡ノートで、松田教諭からは 「お手紙受け取りました。またコピーを校長、副校長にわたしました。」とだけ回答があった。

松田先生


 お世話になっております。
 息子2(小3) の父の剛です。以下、剛の一人称は石田で通します。


 このお手紙には、「読んだ」とだけ回答していただければ結構です。


 2014/10/20 中休み の件、ご回答ありがとうございました。


 松田先生は、 息子2 と事実関係について合意することなく、無意味に 息子2 を罵倒した可能性が高いと考えます。改めて、松田先生に限っては、 息子2 に限らずすべての子どもに対して、生活面などの指導をしないようにお願いします。*2


 先にお伝えしましたとおり、 息子2 について生活面などで指導すべき事実を、子どもや、保護者の方、他の先生方などから聴き取った場合は、その旨を石田に伝えてください。松田先生が直に見聞きした場合も、石田に伝えてください。これは、石田に限らず、他の保護者の方にもぜひそうすべきと考えます。こういうことを、学校だけで対処すべきではありません。



 上記のことを石田にお伝えいただく場合は、 連絡ノート, 手紙, e-mail のいずれかでお願いします。どうしても必要な場合は、石田の携帯電話の留守電に入れてくださっても構いませんが、なるべく避けてください。通常は、こういう連絡は、電話で済ませて良いものだと、石田は考えています。しかし、石田についてはそうできない事情を抱えてしまったこと、先のお手紙でお伝えしたとおりです。


 (2014/10/20 の前の週にも 息子2 を指導すべき事案があった)件、もっと早く伝えていただけていれば、石田から 息子2 に適切な指導ができました。これを伝えていただけていなかったこと、とても残念です。こういうことは、 息子2 から石田に話すべきことであり、石田から 息子2 には「学校で先生から何か注意されたり、指導されたりしたことがあれば、必ず俺に言え」とは教えていますが、これができる子どもはたぶんまれです。



 松田先生から連絡ノートでいただいた回答は、石田の質問に明示的に答えるものではありませんでした。子どもらに日本語を教えるのも、先生の重要な仕事の一部ですから、普段から、もっと上手に日本語を使っていただけますようお願いします。


 日本語の問題はさておき、明示的ではないものの、多くの児童が見ている状況で、松田先生が 息子2 を罵倒したことについては、松田先生と石田で事実であるとの認識が一致しました。先生が、事実の隠蔽を企てなかったこと、素心から感謝します。そのような先生の態度を石田は尊敬しています。*3


 罵倒は体罰であり、上記の罵倒を例外とすべき事情は見当たりません。体罰について速やかに管理職に報告し、管理職を通じて教委に報告すべきと考えます。さらに、類似の事例がないか調査した上で、少なくとも 3年2組 の児童と保護者全員に、体罰があった事実と善後策を、書面で周知すべきと考えます。この際、保護者の方の多くは、初等教育の専門家ではありませんので、この一見体罰ではなさそうな行為が確かに体罰であって、それが子どもにとってどのように害があるか、初等教育の専門家である小学校の先生方から、解説を添えるべきと考えます。



===================
 以下は、ご参考までに。


 石田は、松田先生は標準的な教員としての能力を備えていないと考えます。ただし、先生が教職を去るべきだとは考えていません。先生が、教員として、なるべく早く標準的な能力を身に付け、石田がお願いしているような、異常なお願いをしないで済むようになるのが、最善だと考えています。同時に、もっと教員としての適性が高い方が、教員採用試験で不採用になっているであろうことは、とても残念なことだと考えています。



 (2014/10/20 に 息子2 を指導した理由のひとつを、ここに具体的に記述して示したが、その内容は公開しない。)について、大人がとやかく言うべきではありません。それは、子どもの世界で解決すべきことであり、ほとんどの場合解決します。そこへ大人が口出しするのは、過剰な干渉であって指導ではありません。そういうことをすると、かえって子どもの世界の人間関係を損ないます。しかも、大人がそういうことをしていると、多くの子どもが、子どもの世界の問題解決やいじめの実効を得るために、愚かな大人を利用できることに気付き、実際に利用するようになります。子どもに、そのようなことをさせるべきではありません。*4



 子どもに生活面での指導をするには、子どもの様子をよく観察したり、子どもの気持ちを聴き出したり、必要な助言をしたり、とても手間と時間がかかります。多数の児童と関わる小学校の先生が、その役割を果たすことを、社会は期待すべきではありません。そういう役割は、学校ではない誰かが果たすべきです。


 その「誰か」の筆頭に挙げるべきなのは、個々の家庭です。その家庭を支援する役割は、 スクールカウンセラーの方, 町田市教育センター, 児童相談所 などに果たしていただくべきです。別途、学習面において、質的にも量的にも大きな役割を担っている小学校の先生方に、その役割を押し付けるのは極めて明白な誤りです。


 その生活面の指導をする役割を、個々の家庭だけに押し付けてもいけません。その役割を十分に果たせない家庭も、非常にたくさんあります。社会全体が、子どもを守り、様子を見聞きし、必要な指導をすべきであり、すべての方が、その社会の成員である自身の責任を自覚して、その役割を担うべきだと石田は考え、かつ実践しています。



 石田は、松田先生から教えていただいた内容を読んだ上で、 息子2 から事情を聴き取りました。石田は、こういう時に、子どもの回答を誘導しないように、厳に注意して問いかけます。しかし、これはとても難しいことで、今回も後から自省して、小さな誘導をしてしまっていたことに気付きました。


 子どもに誘導尋問を仕掛ければ、極めて容易に大人が描いたシナリオ通りの話を、子どもに言わせることができます。しかも、そういうことをすると、子どもの記憶は、その大人が描いたシナリオのとおりに、容易に書き換わります(※1)。この書き替りを起こしてしまっては、事実を聴き取るのが難しくなるし、子どもになにがいけなかったか考えさせるような、適切な指導はできなくなります。


 石田はこういう場合、「真実はわからない」という前提に立った上で、子どもと石田の間で「事実だ」と合意したことについて、子どもと話し合います。そこで、事実を聴き取るのみでなく、「なぜそうしたかったのか」「その時どんな気持ちだったか」を聴き取る努力をします。その上で、はっきり教えなければいけないことは教えて、なぜそうすべきなのか、今後はどうするべきなのかを、子どもに考えさせます。


 これは手間と時間のかかることです。そんなことを、石田は学校の先生方にしてほしいとは考えていません。そんなことは物理的に不可能です。


 ※1:
 子どもに限らず、大人でも、容易に記憶が書き換わることが知られています。これは、科学的な検証も十分にされている知見です。石田は、たぶん、子どもの方が大人よりずっと容易に、事実と大幅にかけ離れた記憶を、本当の記憶だと誤認しやすいだろうと考えていますが、その科学的な検証がされているかは知りません。



 今回の(指導の対象になった)出来事については、 息子2 から「なぜそうしたかったのか」「その時どんな気持ちだったか」を含めて、いろいろな事を聴き取ることができました。その上で、石田から、 息子2 に下記の旨を話し、これらのことについて 息子2 と一緒に考えました。

  1. 相手がいやがっていることはやめる。
    仮に相手が「やめて」「いやだ」等と言わない場合であっても、いやがっていることがわかる場合もある。そういう場合もやめる。
  2. 誰かをからかって遊ぶのは楽しい。だが、してはいけない。(※2)
  3. わざとでない場合でも、相手に嫌な思いをさせたら、すぐに謝罪すべきだ。
  4. 松田から今回のように「ちょっと来なさい」などと言われたら、「断る」とはっきり言って断れ。


 これらのことを、 息子2 は、すぐには理解できないし、身にもつかないでしょう。こういう指導は、継続的に時間をかけてやる必要があります。そういうことを、忙しい小学校の先生方がするのは、そもそも物理的に不可能だし、加えて松田先生には、そのようなことをする能力は無いのだと石田は考えています。


 ※2:
 「楽しいけどしてはいけない」については、ここに石田の考えを述べてあります。 http://ishidatsuyoshi.hatenablog.jp/entry/20140912/1410520073


 その後 2014年12月1日 に、石田から学校に電話した際、髙澤副校長から「罵倒ではなく叱責だと認識している」と回答があった。 そのほかには、学校からも教委からも、この件についての問い合わせや通知の類は一切無い。

 「罵倒ではなく叱責」には、石田は同意しない。仮にそれが叱責であっても、それはパワーハラスメントであり*5、かつ体罰でもある。子どもを指導する際に「叱責」と称して、大声で怒鳴りつける必要はまったく無い。やはり、この学校では、石田が子どもの時に通っていた小学校や中学校と同様に、児童の権利は踏みにじられている*6

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石田剛 IshidaTsuyoshi

*1:公開するにあたって、息子2 でも石田でもない方のプライバシーに関わる記述を 2箇所 削り、別の 4箇所 を少しだけ書き換えた。このプライバシーに関わる言及以外には、文意が変わったりはしていない。

*2:石田は、すべての大人はすべての子どもを守る義務を負うべきだと考えている。だから「息子2 に限らずすべての子どもに対して」と書いた。

*3:一般的には「態度を尊敬する」とは言わず、「誰々を尊敬する」と言うようだ。石田も、そのように言うことはしばしばあるし、石田もとても多くの方々を尊敬している。しかし、その尊敬すべき方々が、常に尊敬に値する態度や言動をしているわけではない。ここでは、特に、この松田先生の態度が、尊敬すべき態度であることを強調したくて、「先生の態度を石田は尊敬しています」と石田は書いた。日本語の研究者はよ。

*4:例えば、誰かを叱って欲しくて、わざと大声で泣いてみせるとか。石田の知る限り、これをやらない子どもはめったに居ない。石田が子どもだった時のことを思い返すと、もっと狡猾な方法を使う子どももたくさん居た。しかし、そういうことをする子が「悪い子」なのではない。子どもはみんな、そういうことをする能力を備えているし、自分を守るためにそうすることは、極めて自然なことだ。これは、とても重要な事だ。

*5:もちろん、それが罵倒であってもパワーハラスメントだ。

*6:ただし、この学校は、石田が子どもの時に通っていた小学校よりは、はるかに良い学校だ。石田はこの学校に通っている 息子1, 息子2 が、心底うらやましい。この事については、この学校の先生方(松田教諭と髙澤副校長と村上校長も含む)をはじめ、教育現場の改善にご尽力された先人の方々や、我が子らに関わるすべての方に、とても感謝している。そのおおよその旨は 2014年12月1日 に、村上校長と髙澤副校長と会ってお話した際に、直接お伝えした。けど、たぶん充分には伝わっていない。

子どもを大声で罵倒する小学校教員(前編)

小学校 体罰 子ども 教育

 2014年10月20日 のこと、 息子1(小6) が、その日の中休み*1*2に見かけたできごとを話してくれた。

 息子1 曰く、「息子2(小3) が松田先生*3に、学校の渡り廊下で大声で怒られていた。松田先生は、大声で『恥ずかしいと思わないのか!』と言って 息子2 を怒鳴りつけていた」とのこと。

 ここで、 息子1 の話を鵜呑みにしてしまうほど石田はうかつじゃない。教員が大声を出してでも、子どもの行動を制止したり、子どもの注意を教員の話に向けさせるべき場合は普通にある。しかし『恥ずかしいと思わないのか!』って台詞が事実なら、これは 息子2 を罵倒したのだという可能性が高い。


 まず、石田は 息子2 にそういうことがあったか訊ねた*4。息子2 はとても話し難そうな様子で逡巡した後、「中休みに松田先生に呼び出されて、渡り廊下で指導を受けた」旨を述べた。石田は、何について、どのような指導を受けたのが訊き出そうとするが、 息子2 はやはり逡巡している様子を見せながら、要領を得ない応答を繰り返した。結局、そのとき聞き出せたのは「先生が何の話をしていたかは覚えていない。ただ、怖かった」ということだけだった。

 その後、少し 息子2 が落ち着いた様子になったところを見計らって、「さっき 息子1 が話した、松田が『恥ずかしいと思わないのか!』と、お前を怒鳴りつけた話は、なにか間違っていないか」と 息子2 に訊いたら、それには即答で「間違ってない」と応答した。続けて石田から 息子2 に「その時に周りには子どもがたくさん居たか」と訊ねると、これも「居た」と即答した。


 ここで、 息子1 と 息子2 の話を鵜呑みにしてしまうほど石田はうかつじゃない。 2人 の子どもが話すことは、断片的であり、事実と異なる部分もたぶんあるだろう。というわけで、未だ事の全体像はつかめていない。次に話を聞くべき相手は、当然に松田教諭*5だ。

 石田は、 息子2 の連絡ノートで以下のとおり松田教諭にお訊ねした。*6

 10月20日(月)
 息子2 から 10月20日 中休みの時間に、松田先生から指導を受けた旨の話を聞きました。しかし 息子2 から聞き取った話では、何があって、どういう指導を受けたのか、わかりませんでした。先生から 息子2 に、なぜ、どのようなことを指導したのか、教えてください。 剛


 この連絡ノートは、松田教諭が石田からのお訊ねを「読んだ」旨を示すハンコだけが捺されて返ってきた。そして、 息子2 によると、その日、松田教諭から「『お父さんにきちんと話しなさい』と言われた」とのことだった。

 石田は、松田教諭が真摯な態度で子どもや保護者と向き合う、誠実な方でないこと*7は以前から知っていた。しかし、それでもこの応答には激しく呆れた。上述した、石田が連絡ノートに書いたお訊ねを読んで、なぜ「息子2 から石田に話せば済む」と考えることができるのだろうか? それではダメだということが、なぜわからないのだろうか? それとも、それはわかっている上で、持ち前の不誠実さを発揮しただけなのだろうか?


 石田は、取り急ぎ連絡ノートで、松田教諭あてに以下のお願いをした*8。これは、まったく異常なお願いだと、石田は考えている。しかし、ぜひそうすべき事情が、この場合にはあると、石田は考えている。

 10月21日(火)
 息子2 から話を聞きました。松田先生には、 息子2 を指導する能力は無いこと、自覚してください。ただ、算数や理科を教えるマシーンとしてふるまってください。それ以外のことで 息子2 に話しかけたりしないでください。 剛

 松田教諭からは、やはり「読んだ」旨を示すハンコだけが返ってきた。


 石田は、上記のお願いの後、改めて、松田教諭にお訊ねの手紙を書いた。この手紙は、 10月27日 に 息子2 が松田教諭に手渡した。強調と脚注は、公開するにあたって補ったもの。*9

松田先生


 お世話になっております。
 息子2 の父の剛です。以下、剛の一人称は石田で通します。


 下記のお訊ねに、ご回答をお願いします。


 お訊ね:
 息子2 と 6年2組の 息子1 から聴き取った限りでは、下記のような事実があったとのことです。これが事実か否か、簡潔にご回答願います。事実と異なるのであれば、どこがどう異なっているか、簡潔に述べてください。


 息子2 と 息子1 から聴き取った事実:
 松田先生は 2014/10/20 中休み の時間に、 息子2 になにか生活面の指導をした。この際、松田先生は、周囲の児童にも聞こえる声で、「恥ずかしいと思わないのか」などと言って 息子2 を罵倒した。その様子を、多くの児童が見ていた。


 この際、罵倒する意図があったか否かは関係無く、周りから見て罵倒したように見えることをしたかどうかが重要であること、ご注意願います。


 ご回答は、 連絡ノート, お手紙, e-mail のいずれかでお願いします。お電話や、会ってお話ししてとかは、お断りいたします。*10


 先にお訊ねした、この時に何についてどのような指導をしたかも、ご回答をお願いします。石田が 息子2 から聴き取った限りでは、 息子2 は怖かったことを覚えているだけで、何についてどのような指導をされたか、まったく覚えていないとのことです。


 先にお願いしたとおり、この件に限らず、松田先生から 息子2 になにか話したり訊ねたりは、授業の内容で必要な場合以外は、一切しないでください。他の保護者の方や先生方などから、 息子2 を指導すべきことを聴き取った際は、石田までお伝えいただければ、石田から 息子2 に適切な指導をします。



 以下は余談です。


 石田自身も、松田先生にはずいぶん苦しめられています。こんな手紙を書くこと、石田にとっては苦痛なことです。しかし、石田がやらねばならないことなので、それを圧して書いています。


 実は、 息子2 や 息子1 が石田に話したことが事実と大きく異なっており、松田先生は、 息子2 に適切な指導をなさったのかもしれません。それで石田は、事実確認のために「この時に何についてどのような指導をしたか」をお訊ねしたのですが、その回答を頂いていません。石田は、今も 2014/10/20 中休み の時間に、どのような事実があったかは「わからない」という前提に立っています。しかし、その事実がわからない状態であっても、松田先生に 息子2 を指導する能力が無いことは判断できます。


 石田は、松田先生が 息子2 の担任であることを、さして悲観していません。石田が子どもだったときにも、松田先生と同様か、もっとひどい言動をする大人は、石田の周囲にもたくさんありました。大人でも、ダメな事を言ったりしたりする場合があることを、 息子2 や 息子1 が理解していれば、大した害にはなりません。石田は、それを 息子1 や 息子2 に教えています。石田自身は、子どもの頃に、それをよく理解してなかったために、ずいぶんひどい目に遭ったり、ひどいことをしたりしました。


 息子1 や 息子2 でない、他の子どもらのことについては、少し心配しています。石田は、すべての子どもを守るべきであるという、自身の義務を自覚しています。主に、 息子2 や 息子1 でない子どもらのために、松田先生には、子どもらを適切に指導し、子どもらのお手本として振る舞っていただきたいと、石田は考えています。


 この手紙によるお訊ねによって、ようやく松田教諭から回答があった。*11

 10月27日(月)
 10/20 中休み 左記の件について、指導いたしました。その中で、私が大きな声を出しました。
 (上述の「左記の件」に当たる部分を、全て削った。)
 (前の週にも、 息子2 を指導すべき事案があったため)あえて大きい声を出して指導した場面もありました。以上です。 松田

 この回答に、石田が手紙に書いた『息子2 と 息子1 から聴き取った事実』が、事実と異なるという記述は無かった。

 後編に続く。
 子どもを大声で罵倒する小学校教員(後編) - 石田のヲモツタコト

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石田剛 IshidaTsuyoshi

*1:小学校の 2校時 と 3校時 の間に挟む、ちょっと長目の休憩時間を「中休み」って呼んでいる。多くの子どもは、この時間、グラウンドで遊んだり、教室で本を読んだりあやとりやおしゃべりをしたりして過ごすようだ。

*2:学校を特定しておく。町田市立鶴川第一小学校だ。

*3:息子2 の学級担任。

*4:こういうとき、石田は子どもの発言を誘導しないように、細心の注意を払う。しかし、それは難しいことだ。この時も小さな誘導をしてしまった。けど、まるっきりつくり話を創作するほどの誘導ではなかった。

石田が 息子2 に誘導尋問を仕掛ければ、石田が望む通りの回答をさせることは、たぶん容易だ。だが、それをしてしまっては、本当のことを訊き出すのが難しくなる。誘導尋問によって、事実と違うストーリーを、子どもと組み立ててしまうと、子どもはそのストーリーの方が事実なのだと、記憶を書き換えてしまう可能性が高い。これは、子どもに限らず大人でもよく起こることが、多くの科学的な検証で裏付けられている。(って書くなら、その裏付けとなる論文や書籍の類を参考文献として挙げるべきなのだが、石田も何で読んだかはもう忘れてしまった。)

*5:主幹教諭だったかもしれないが、これはうろおぼえだ。

*6:ささいな誤字を直し、 息子2 の名を伏せたほかは全文。

*7:石田がそう判断した理由は、まだ詳しくは公開していない。公開すべきか考え中。

*8:息子2 の名を伏せたほかは全文。

*9:公開するにあたって、 息子1 と 息子2 の名を伏せ、 息子1, 息子2, 石田 のいずれでもない方のプライバシーに係る記述を 3箇所 削った。その関係で、一部、文章のつなぎの部分を改変している。そのせいで、ここで報じるべき重要な記述が削られたり、手紙の文意が変わったりはしていない。あと、脱字をひとつ補った。

*10:以前、会って話したものの、そこで話した内容を書面にしてお渡ししたら、まったくぜんぶシラを切り通すという大技を、この松田教諭ではなく髙澤副校長が繰り出してきたのだ。その話し合いには、松田教諭も出席していて、その最中ずっと、松田教諭は不誠実な態度を取り続けていた。その中で、松田教諭は、石田に向かって大声で怒鳴りつけたりもした。そのことについて、その話し合いの最中に、松田教諭は石田に謝罪の言葉を述べたが、本心から謝罪したのではないと石田は理解している。

*11:息子2 でない子どものプライバシーに係る記述は全て削った。息子2 のプライバシーに関わる記述のうち、公開すべきでない記述は削った。括弧内は石田が補ったもの。

子どもの的確な発言を『それは違う』と言下に否定する小学校教員

小学校 教育 社会

 昨日公開した『個人情報を PTA に提供する際の同意について - 石田のヲモツタコト』で「公開すべきか考え中」って書いたお手紙は、公開することにした。公開するにあたって、公開すべきでない人名をひとつ伏せた。強調と脚注は、すべて公開するにあたって補ったもの。

 この手紙について、取り次ぎをお願いした先生からは、 2014年10月20日 に『渡した』旨の応答があった。校長からは、『読んだ』とも『読まない』とも、まったく応答が無い。*1

村上校長先生


 お世話になっております。
 3年2組 息子2 の父の剛です。以下、剛の一人称は、石田で通します。


 2014年9月4日 3年2組*2 の授業参観で、ちょっとマズいことに気付きましたので、お伝えします。このようなこと、まずは松田先生にお伝えすべきことでしょうが、松田先生の上司に当たる方にも知っていてほしいことでありますし、かつ松田先生(と髙澤先生)はこういう指摘に真摯に向き合わないことが既知*3*4ですので、村上先生にお伝えすることにしました。


 石田が参観した授業で松田先生は、なんとか、より多くの子どもに発言させようと、懸命に取り組んでおられました。しかし、せっかく子どもがした発言を、上手く取り上げられるだけの余裕が無さそうな様子だったのが、気になりました。


 その様子を見ていると、予め先生が期待している発言を取り上げるのみで、それに沿わない発言は板書もせず、ただ聞き流しているように、石田には見えました。そればかりか、ある子ども(息子2 ではない)の発言について、言下に「それは違う」と言い返してしまうことまでありました。とても、残念に思いました。石田は、その子どもの発言は、面白いし鋭いと感じたので、なおさら残念でした。


 せめて、他の場合と同じように、聞き流してくれればまだマシだったとさえ思います。積極的に挙手して、幸運にも先生に指名してもらえて、自分の考えを述べた、その子どもの主体的な行動は、ずいぶんひどい仕打ちで報われてしまったと、石田は考えています。



 松田先生は「ふだん、みんなの安全のために働いている人たちには、どんな仕事をしてる人たちがいますか」と問いかけました。先生が期待していた『模範解答』は「警察」とか「消防」でした。しかし、その子は「自衛隊」と発言しました。そうしたら、松田先生は「それは違う。自衛隊は戦争や災害が起こってから仕事するだけで、普段から安全を守るための仕事をしているわけじゃない」といった応答をしました。


 松田先生が、自衛隊の仕事について、大きな勘違いをしていることは、やむを得ないと思うのです。自衛隊が、災害派遣や―ぜひとも、無いようにしたいことですが―防衛出動の必要が生じた際に、直ちに出動するために、普段から訓練だけでなく、装備品の点検や整備、燃料や潤滑油や消耗品などの維持または交換など、たくさんの仕事をしていること。そういう準備が常に整っていることが―やや残念なことではあるものの―戦争を起こさないために重要であること。そして、それが私達の安全のために、極めて重要であることは、知らない人は知らないことです。ちょっと考えればわかることではありますが、考えてみたこともない方はたくさんいらっしゃるでしょう。忙しい小学校の先生が、そういうことを知らなくて、考えたこともないことは、無理もないことです。


 しかし、それでも「それは違う」なんて言う必要は無かったと、石田は考えます。自衛隊の仕事について松田先生が理解していなかったとしても、「自衛隊」と板書して、「どうしてそう思う」と子どもに訊ねることはできますし、ぜひそうするべきです。その子どもが理由を述べることができれば、それも板書すべきかもしれませんが、それは必須ではありません。そして、そのくらいで「自衛隊」の話は終わりにするくらいが、ちょうど良いと考えます。


 自分の発言を言下に否定された子どもは、せっかく発言したのに、ずいぶん残念な思いをしたでしょう。石田がその子どもの立場だったら、かなりガッカリしただろうと思います。もしかしたら、「もう、授業中に発言するのはやめよう」とさえ、思うかもしれません。



 ただし、授業の流れを「警察と消防」に誘導して、その話を始めることは、まったく問題無いことであり、ぜひそうすべきです。念のため。



 以下、余談です。


 小学校高学年くらいの石田だったら、「この先生、バカだな」とも思ったかもしれません。まあ、 小3 のころの石田がそう思ったという、はっきりした記憶は無いのですが、小学校高学年から中学校くらいにかけては、「この先生、バカだな」と思ったことは複数回あります。そういうとき、「先生、ばっかじゃねぇの」と言うほど、石田はやんちゃではありませんでした。けど、挙手して淡々と誤りを指摘する『かなりイヤな子ども』でした。



 さらについでに、石田がよく読みに行く blog にこんなのがあります。とても参考になることが、たくさん書いてありますので、ご紹介いたします。


 教育の窓・ある退職校長の想い
 http://blog.livedoor.jp/rve83253/


 石田のブログの右のハシラの下の方、本の紹介画像が続くところの下に、上記の blog へのリンクもあります。


 石田は、ここにコメントなど、書かせていただいたりもしています。最近のには、こんなのがあります。
 http://blog.livedoor.jp/rve83253/archives/1811526.html#comments
 http://blog.livedoor.jp/rve83253/archives/1429411.html#comments


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石田剛 IshidaTsuyoshi

*1:このエントリを公開した時には、ここに「しかしそれは、子どもが応答の手紙をなくすなどしたのかもしれない」と書いておいたが、それは削った。確かに、応答していなかったそうだ。そして、2014年12月1日に、口頭で「読んだ」旨の応答をもらった。

*2:特定しておく。町田市立鶴川第一小学校の 3年2組 だ。

*3:この 2人 の教員について、こう判断した理由は、まだ公開してないな。公開すべきかどうか、ちょっと考えよう。けど、髙澤副校長については、下記の blogエントリ を読めば、だいたい事情はわかるだろう。

学校は ダメな手紙 の配布には応じるべきでない - 石田のヲモツタコト
「プライバシー」ってなんだっけ? - 石田のヲモツタコト
なぜ『いくつ分×ひとつ分』を誤答と判定すべきなのか - 石田のヲモツタコト

*4:村上校長あての 3通 の手紙に、なんの応答も無いところを見ると、村上校長も「真摯に向き合わないことが既知」と判断すべきかもしれない。まあ、そうする前に、子どもが応答の手紙をなくしたわけではないことを確認すべきだな。

追記:
『子どもが応答の手紙をなくしたわけではないことを確認』した。確かに回答していなかったそうだ。
see:
「blog に公開するから回答しない」はダメだ - 石田のヲモツタコト

個人情報を PTA に提供する際の同意について

小学校 PTA 社会

 先日にひき続いて、小学校*1の校長先生に宛てた手紙をもうひとつ、公開することにした。公開するにあたって、公開すべきでない人名をひとつ伏せた。強調と脚注は、すべて公開するにあたって補ったもの。公開する際に、脱字を 2字 補った。

 この手紙について、取り次ぎをお願いした先生からは、 2014年11月4日 に『渡した』旨の応答があった。校長からは、『読んだ』とも『読まない』とも、まったく応答が無い。*2

村上校長先生


 お世話になっております。
 6年2組 息子1 の父の剛です。以下、剛の一人称は石田で通します。


 先にお送りした、お手紙『このお話を、各学級に下ろしてください』*3と『2014年9月4日 3年2組授業参観 で気づいたこと』*4は、読んでいただけたでしょうか。まずは、『読んだ』または『読まない』旨だけはご回答願います。



 本題です。
 以前お話しした、個人情報を 鶴一小PTA に提供するにあたって、本人などの同意を得ていないことについて、必要な対処が未了です*5。少なくとも、下記の対処が必要と考えます。


 必要な対処:

  1. 全学年の児童と保護者に、個人情報を同意無く提供していた事実を伝え、事後の同意であることを明示した上で、改めて同意を得る。
  2. 来年度に、入学予定の児童の保護者に、児童と保護者の個人情報を提供する件について同意を得る。
  3. 期限を定め、それまでに同意が得られなかった場合は、その児童と保護者の個人情報を安全に廃棄するように、 鶴一小PTA に求める。


 上記の 1. に同意しない場合は、 鶴一小PTA を自動的に退会することになることを、明示する必要があります。


 上記の 2. に同意しない場合は、学校が 鶴一小PTA への入会手続きを代行しない旨を、明記する必要があります。


 以上は、すべて校長である村上先生の責任ですべきことです。しかも、これらは村上先生の一存でできます。簡単な話でハッピーですね。



 以下、 鶴一小PTA と共同ですべきことを述べます。これらを行うには、学校と 鶴一小PTA で合意する必要がありますので、今年度の役員の方や、来年度の役員の方とも話しあってから、やってください。石田は、総会や運営委員会で議決する必要は無いと考えます。

  1. 既に会員である保護者の方から、改めて入会の意思表示を得る。
  2. 来年度、新たに入会の資格を得る保護者の方から、入会の意思表示を得る。


 上記の 1. 2. については、先にお伝えしたとおり、学校が入会手続きを代行することに同意するかを回答して貰う方法で、意思表示を得れば良いと考えます。厳密に言うと、この方法はあまりよろしくないのですが、まあこのくらいは大目に見てもらいましょう。厳密によろしい方法でやると、かかる手間が大幅に大きくなってしまいます。


 上記の同意を得るお手紙には、 鶴一小PTA は、鶴一小のすべての児童と保護者のために活動しているのだから、退会する、または入会しないことによる不利益は、 鶴一小PTA での議決権を持っている方が、それを失うことのほかは、児童にも保護者にも一切無いことを明示する必要があります。これは、とても重要な事です。


 鶴一小PTA の運営委員会や総会などで、上記の同意が不要である旨を議決しても、ただ恥をかくだけで、効力の類はあり得ないこと、厳にご注意願います。こんなこと、わざわざ書く必要は無さそうなことなのですが、なんせ 鶴一小PTA では、村上先生もご臨席の上で、同様の恥ずかしい議決*6をこないだしちゃいましたから書いときます。


 超スペシャル大サービスで、上記の同意を得る書面の石田案を示しておきます。このように書けば、法律を含む社会規範に照らして、有効な同意を得たと主張し得るでしょう。この石田案では、意図的に謝罪の言葉を抜いてあります。それが必要かどうかは、学校でご判断ください。石田は、個人的には謝罪は不要だと考えますが、石田が校長であれば謝罪の言葉を付け加えます。住所を書いていただくのは、同姓同名の識別のためです。こういう文書につきものの、時候の挨拶だの『記』だのには、石田は価値を認めていないので書いてません。


既に会員である保護者の方向け:

保護者のみなさん

2014年11月10日
鶴川第一小学校 校長 御名御璽


小学校PTA への個人情報の提供と入会に関するお願い


 鶴川第一小学校は、保護者のみなさんや地域の方々と協力する、開かれてた学校であり続けようとしています。このために、学校は 鶴川第一小学校PTA(鶴一小PTA) の活動に、イコールパートナーとして協力しています。


 従来、学校は、本人などの同意を得ることなく、 鶴一小PTA に、学校が利用している個人情報を提供していました。これは、不適切なことですので、今後は書面で同意を得るように改めます。


 鶴一小PTA は、鶴川第一小学校に通うすべての児童と、その保護者の方のために活動しています。したがいまして、退会することによって被る不利益は、 鶴一小PTA での議決権を失うことのみであり、これ以外には一切ありません。 鶴一小PTA から児童に、卒業記念品などを贈る場合にも、必ず、すべての児童に同じ物を贈ります。鶴一小PTA が主催する活動にはすべての児童が参加できますし、会員でない保護者の方が参加することも当然にできます。


 事後の同意となりますが、改めて、学校から 鶴一小PTA に個人情報を提供することと、学校が 鶴一小PTA への入会手続きを代行することについて、この書面で同意していただけますようお願いします。2014年12月15日 までに同意がいただけなかった場合は、その旨を 鶴一小PTA に通知し、その児童と保護者の方の個人情報を安全に破棄するように求めます。この場合、 鶴一小PTA は自動的に退会することになりますので、ご了承願います。



 鶴川第一小学校PTA に、学校から下記の個人情報を提供することに同意しますか?


 □同意する □同意しない


 提供する個人情報:
 鶴川第一小学校に在学する児童の氏名・学年・学級,
 その保護者の氏名・住所・電話番号
 ※ 各情報が複数ある場合は、すべて提供します。


 鶴川第一小学校PTA への入会手続きを、学校が代行することに同意しますか?


 □同意する □同意しない


 ※ 個人情報の提供に同意していただけない場合は、学校は加入手続きを代行しません。


 署名___________ 日付_______ 住所________________________


以上


会員でない保護者の方向け:

入学を予定している児童の保護者のみなさん

2014年11月10日
鶴川第一小学校 校長 御名御璽


小学校PTA への個人情報の提供と入会に関するお願い


 鶴川第一小学校は、保護者のみなさんや地域の方々と協力する、開かれてた学校であり続けようとしています。このために、学校は 鶴川第一小学校PTA(鶴一小PTA) の活動に、イコールパートナーとして協力しています。その事務の省力化のため、学校から 鶴一小PTA に個人情報を提供することと、学校が 鶴一小PTA への入会手続きを代行することについて、この書面で同意していただけますようお願いします。


 鶴一小PTA は、鶴川第一小学校に通うすべての児童と、その保護者の方のために活動しています。したがいまして、入会しないことによって不利益を被ることは一切ありません。鶴一小PTA から児童に、卒業記念品などを贈る場合にも、必ず、すべての児童に同じ物を贈ります。 鶴一小PTA が主催する活動にはすべての児童が参加できますし、会員でない保護者の方が参加することも当然にできます。


 鶴川第一小学校PTA に、学校から下記の個人情報を提供することに同意しますか?


 □同意する □同意しない


 提供する個人情報:
 鶴川第一小学校に在学する児童の氏名・学年・学級,
 その保護者の氏名・住所・電話番号
 ※ 各情報が複数ある場合は、すべて提供します。


 鶴川第一小学校PTA への入会手続きを、学校が代行することに同意しますか?


 □同意する □同意しない


 ※ 個人情報の提供に同意していただけない場合は、学校は加入手続きを代行しません。


 署名___________ 日付_______ 住所________________________


以上


 以下、このことに関する石田の考えを述べます。


 個人情報の提供の同意を得ること、極めて瑣末なことです。正直に言って石田自身、個人情報の主体としては、上に書いたような面倒なことが必要だとは考えていません。


 しかし、学校が個人の権利と自由を尊重することと、そのことを多くの保護者の方に明らかにすることは、石田は『個人情報の主体として』ではなく、『社会の成員のひとり』として、極めて重要な事だと考えています。これは、とても重要な事です。


 学校が、上記の手続きを踏むことにより、多くの保護者の方が、自身の権利と自由について自覚する機会を得ることでしょう。小学校は社会の公器であり、児童だけでなく、保護者の方や、地域の方などの学びも―なるべく手間をかけないラクな方法で―促すべきだと、石田は考えています。


 まったく入会の意思表示をしていないのに、自動的に入会させられる組織があること、石田は自由な市民のひとりとして、とてもおぞましいことだと考えています。新生児の親に出生を届け出る義務があり、そのために本人とその保護者の自由な意思表示が無いまま国籍を得ることは、極めて特殊な例外であって、それ以外に同様のことはあってはならないのです。



 このような同意を得る手続きを踏めば、 鶴一小PTA の組織率は 10割 ではなくなることでしょう。ぜひ、そうなるべきです。それは、学校と 鶴一小PTA が自由であることの、証しになります。現状の、明らかに 鶴一小PTA に参加したくない方までが、会員であるかのように扱われている現状は、とてもおぞましい状態です。仮に石田が校長であれば、このことをとても恥ずかしいと感じるでしょう。


 上記の同意を得る手続きについて、各担任の先生方は、書面を配布して回収する以外の仕事は、一切すべきでないと考えます。同意した方のリストを作ったり、応答が無い保護者の方に応答を促したり、できたリストを 鶴一小PTA に渡したりするのは、すべて事務員の方がすべきと石田は考えます。


 極めて厳密なことを言うと、『同意しなかった方のリスト』を作って 鶴一小PTA に渡すのは反則です。けど、これをやらないとすごく手間がかかるので、用済み後に廃棄することを厳に約束した上であれば、そのくらいはそっとやっても構わないことだろうと、石田は考えます。*7



 一般的な PTA保険 では、 PTA が主催する活動に参加した、会員でない保護者の方や、その被保護者である児童の事故も担保されます。万一、 鶴一小PTA で買っている保険でこれが担保されないのであれば、担保される保険に買い換えるべきです。



 以下、余談です。


 石田は、 鶴一小PTA を退会する予定はありません。



 超々厳密に言えば、保護者の方の個人情報は、署名した方の分しか提供できないのですが、面倒なので良しとしましょう。児童の個人情報は、保護者の方おひとりの署名があれば、提供できます。



 小学校からいただくお手紙の類には、誤字や日本語表現の誤りがとても多いですね。先日も、校長先生のお名前でいただいたお手紙に、石田が朱書きしたものを松田先生にお渡ししましたが、校長先生はご覧になられたでしょうか。


 子どもらに日本語を教えることも、先生方の重要なお仕事のひとつですので、もう少しだけお手間を割いていただけますと幸いです。あの程度の誤りは、書いた方でない方が読めば、簡単に見つかります。


 誤りを絶無にすることを、石田は求めたりはしません。それは不可能です。現状はすごく多いので、せめて減らしてほしいだけです。


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石田剛 IshidaTsuyoshi

*1:特定しておく。町田市立鶴川第一小学校だ。

*2:このエントリを公開した時には、ここに「しかしそれは、子どもが応答の手紙をなくすなどしたのかもしれない」と書いておいたが、それは削った。確かに、応答していなかったそうだ。そして、2014年12月1日に、口頭で「読んだ」旨の応答をもらった。

*3:公開済み。
『このお話を、各学級に下ろしてください』 - 石田のヲモツタコト
『このお話を、各学級に下ろしてください』の余談 - 石田のヲモツタコト

*4:このお手紙を公開すべきかは、考え中。

*5:2014年4月25 に、お手紙を渡したのだが、その際、強引に引き止められて、その内容について話しあった。その後、 PTA の運営委員会で校長が「今後は適正に対応します」と一言述べたきり、石田が知る限りなんの対応もされていない。

*6:運営委員会で話したことは、 blog に公開しちゃいけない旨、議決したのだ。どっかの市議会で、似たような話があったな。

 石田は、採決の前に「そのような議決をしても効力は無い」旨を述べたが、それでも議長は採決する旨を告げた。採決では石田は棄権などはせず、明確に反対した。

 運営委員会では、児童や保護者のプライバシーに関わることなど、公開すべきでないことを話す場合も、極めてまれだがある。これを blog に公開すべきでないことは、この議決の有無に関わらずすべきでない。念のため。

*7:ただし、石田自身はこのような反則はしない。石田自身が扱う情報については、『そのくらいはそっとやっても構わないこと』だとは、石田はまったく考えていない。

『このお話を、各学級に下ろしてください』の余談

小学校

 先の予告通り、『このお話を、各学級に下ろしてください』 - 石田のヲモツタコトで公開した手紙の、余談の部分を公開する。これは、学校から各家庭に配布している学級連絡網の記載について、校長に伝えた物。*1


 その学級連絡網の、問題の箇所はこんなの。

 


 そんで、石田が校長宛に書いたお手紙の余談部分がこれ。これは『このお話を、各学級に下ろしてください』で公開した部分の後に、「閑話休題。」と書いてから続けて書いたもの。

 ついでに、学校で配布されている学級連絡網に、『良き日本語話者』として相応しくない記述があるので、併せてお伝えします。連絡網の左下にある、下記の記述は、来年度からで良いので、改めていただけますようお願いします。


誤:問い合わすことは
正:問い合わせることは


 ここの文章は、ほかにも日本語としておかしなところがたくさんありますね。「教育委員会等を含め」で始まる文は、そう書いたきり、「だれが」という情報が示されていません。ここは「教育委員会などを含め、学校の関係者が、児童の名前や住所~」などとするのが適当と考えます。書き出しの『最近』も、「いったい、何年間『最近』が続いてんだよっ」ってツッコミ入れたくなりますね。これ、少なくとも、今の 6年生 が 1年生 だった 2009年 から、毎年 『最近』って書いてあります。たぶん、もっと前から、ずーっと『最近』が続いてたんでしょうね。



 乗りかかった船なので、いっそ全部書き換える場合の「石田案」を書いておきます。


 石田案:
 アルバム業者や、宅配業者などのふりをして、
 児童や保護者の 名前, 住所, 電話番号などを
 聞き出そうとする者がいます。教育委員会など
 を含め、学校の関係者が、児童や保護者の
 名前, 住所, 電話番号 などを、ご家庭に問い
 合わせることは絶対にありませんので、聞かれ
 ても教えないように、ご注意願います。不審な
 電話などがありましたら、学校までお知らせ
 ください。


 石田案による改善点を、列挙しておきます。

  1. 『☆』は要らない。けど、あっても良い。
  2. 『最近』はトル。
  3. 『宅配便のふり』をして電話をかけてくる奴は居ない。(これ、中学校の国語の試験だったら、確実に × ですね。たぶん、小学校でも 6年生 だったら × ではありませんか?)
  4. 『全員の』はトル。賢い名簿屋は、全員の情報を訊き出そうとはしない。
  5. 名簿屋は、児童の名前と同じくらい、保護者の名前にも興味がある。だから、「児童や保護者の」とした。
  6. 「名前・住所・電話番号」だけとは限らないから、「電話番号など」とした。
  7. 「名前・住所・電話番号」と「名前や住所、電話番号」が不統一なので、「名前, 住所, 電話番号」に統一した。ついでにナカグロはやめてコンマにした。この方がより明示的になるが、別にナカグロじゃダメって程でもない。ナカグロってのは ・ ← これのこと。
  8. 「問い合わす」を「問い合わせる」に直した。(既出)
  9. 「絶対にありませんので」の後に、『どうしてほしいか』を「聞かれても教えないように、ご注意願います」と明示した。
  10. 『不審な時は』は、『不審な電話などがありましたら』に改めた。これは、どうしても『不審な時は』じゃダメってほどでもないが、『不審な電話などがありましたら』の方が、たぶんより良い。


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石田剛 IshidaTsuyoshi

*1:この手紙には、さらにもうひとつ余談の話があるけど、それを公開すべきかは考え中。

道路に落ちているゴミを拾って歩く

政治屋

 以前、石田は『共産党は変わることができるか - 石田のヲモツタコト』で、公地などに無断で貼られるポスターについて、こんなことを書いた。

 これらのポスターは、日本共産党がつまり、他人や公共の不動産を侵奪してはばからない、反社会的な団体であることを広報しているということだ。


 すぐはがせ。二度と貼るな。


 今日、同じ場所を通りかかると、また同じ場所に、同じようにポスターが貼ってある。写真は撮ってない。

 
 地図 ※写真はイメージです。

 
 地図 ※写真はイメージです。


 石田は 日本共産党町田地区常任委員 をお務めであるらしき*1、 古橋さん って方に何度か電話で「こういうことをしてはいけないですよね」とお話したことがある。その都度、古橋さんからは「おっしゃるとおりです。すぐやめます」とのお話をいただき、実際に、そのたびにポスターは無くなっていた。けど、また貼られることが、ずっと繰り返されている。

 もう、そもそも日本共産党とは、そういう団体なのだと理解すべきなのだろう。

 だからといって、石田はこれらのポスターを放置したくはない。石田は、近所の公園で子どもと遊ぶとき、ほとんどいつもゴミ袋を持って行って、公園のゴミを拾う。公園への行き帰りや、家族で近所を散歩するときも、ほとんどいつもそうしている。そのゴミを拾うのと同様に、こういうポスターも、撤去させるため、そして二度と貼り出させないようにするための、小さな努力を継続しよう。

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石田剛 IshidaTsuyoshi


2015年3月12日 追記:
 数日前、これらの場所を通りかかったとき、これらのポスターはなくなっていた。掲出した者や共産党関係者が撤去したのか、柵の管理者が撤去したのか、いずれでもないのか、石田にはわからない。

*1:http://www17.ocn.ne.jp/~jcp/furuhashi/index.htmlに、そう書いてあるが、古い情報なので今は違うのかもしれない。

『このお話を、各学級に下ろしてください』

小学校 PTA

 小学校*1の校長先生に宛てた手紙をひとつ、公開することにした。この手紙には主題の話のほか、余談の話*2も書いたが、それは削った。強調と脚注は、すべて公開するにあたって補ったもの。公開する際に、ささいな誤字の類を 1箇所 直した。

 この手紙について、取り次ぎをお願いした先生からは、 2014年10月3日 に『渡した』旨の応答はあった。校長からは、『読んだ』とも『読まない』とも、まったく応答が無い。*3

 手紙の本文中に、「だれかに話を伝えるときに使う『達する』という言葉は、上下関係がある場合にしか使わない」旨の記述があるが、これは石田の誤解によるものかもしれない。けど、あえてそのままにした。

村上校長先生


 お世話になっております。
 鶴一小PTA 3年2組 学級代表 の石田です。


 先日の PTA運営委員会 で、気付いたことがあります。 PTA役員 の方*4は、運営委員会で話したことを、各学級でも周知すべき場合に、『このお話を、各学級に下ろしてください』とおっしゃっていました。


 村上先生はご存知でないかもしれませんが*5、元来、小学校の PTA の組織には、上下関係は一切ありません。小学校の PTA では、会長も、役付きでない会員も、まったく同じ権利と義務を共有することになっています*6。もちろん、学校職員である会員であるところの、村上先生もまったく同様です。これは、小学校の PTA にとって、極めて重要な特長であって、 鶴一小PTA の会則も、このことを大前提としています。役員のみなさんは、そのことをご存知でない可能性が高いようです。ぜひ、先生から、役員のみなさんに、このことをお伝え願います。これは、重要な事です。


 本来なら、このようなことに、わざわざ先生のお手を煩わせたくはないのですが、石田には、直接 PTA役員 の方々にお伝えする手段が、運営委員会で会うときくらいしか無いので、先生にお願いすることにしました。先生が引き受けてくださらないなら、次回の運営委員会で話すことにします。



 石田は、私企業の従業員だったり、町田市の特別職公務員だったり、明確に上下関係と、指揮および命令系統のある組織にも属しています。それらの組織では、明確に上意下達する場合であっても『下ろす』などという言葉は使いません。そういう場合は、『周知する』『達する』などの言葉を使います。


 石田は、極めて上下関係の厳しい学校の学生だったこともありますが、そこでさえ『下ろす』などと言う方は居ませんでした。ちなみに、その学校では『達する』と言っていました。


 PTA の場合は、明確に上下関係が *無い* のだから『周知する』などが日本語として適当です。『達する』は、上下がある場合に使う言葉*7ですので、 PTA では使うべきでないですね。


 子どもらに日本語を教えることも、小学校の先生方の、極めて重要な仕事ですので、ぜひ、子どもらのお手本にふさわしい、良き日本語話者として振る舞ってください。



 ところで、例えば町田市教育委員会や、都教委などから、各学校の職員に周知すべき通達などがあった場合に、『この通達を各学校に下ろす』といった表現が使われる場合は、ありますでしょうか? よろしければ、その有無をご教示いただけましたら幸いです。


 『通達』の『達』は、『達する』の『達』ですから、こういう場合は『達する』が適当ですね。けど、その場合でも『周知する』と言ってもまったく差し支えありません。これは、いわゆる『謙譲の美徳』ってやつです。



 閑話。


 もっとも、石田は個人的に『謙譲の美徳』という言葉が、あまり好きではありません。この言葉は、主張すべきことを主張する方に『黙れ』と言う代わりに使われることが、ときどきあります。むしろ、『謙譲』の態度を示さない方への、傾聴の姿勢や寛容さを保ちたいと、石田は心がけています。


 石田は『過ちて正さず、これを過ちという』とか、『過ちを改めるに、はばかる事なかれ』といった言葉が好きです。これらの言葉には、過ちを犯した方への寛容さがあります。


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石田剛 IshidaTsuyoshi

*1:特定しておく。町田市立鶴川第一小学校だ。

*2:たぶん、またこんど公開することになる。

2014年11月20日 に公開した。
『このお話を、各学級に下ろしてください』の余談 - 石田のヲモツタコト

*3:このエントリを公開した時には、ここに「しかしそれは、子どもが応答の手紙をなくすなどしたのかもしれない」と書いておいたが、それは削った。確かに、応答していなかったそうだ。そして、2014年12月1日に、口頭で「読んだ」旨の応答をもらった。

*4:念のため年度を特定しておく。2014年度 の役員の方だ。

*5:石田が 2014年 の春頃に、この校長と会って話した際、石田から校長に「校長先生も会員なんですよ」との旨を述べると、校長は「確かに私も PTA の会費は払ってますが、会員ってことはないと思いますよ」と述べていた。

*6:会長は、(外部に対して)代表として振る舞い、 総会, 役員会, 運営委員会 を招集する旨、会則に定めてある。これらは会長に他の会員が持っている権利を付託しているのであって、会長に会員が元々持っていない権利を付与したのではない。会長が、他の会員の上位者として振る舞うことも肯定しない。役無しの会員や、委員が、会長他の役員の指揮命令に従うべきとの定めは、当然に存在しない。

*7:上にも書いたが、これは石田の誤解である可能性がある。

Re1: 小学校の先生方の仕事を減らしてください

小学校 教育 町田市

 先に報じた『小学校の先生方の仕事を減らしてください』には、 2014年5月23日付け で、町田市教育委員会学校教育部の教育総務課長と指導課長の連名で、回答があった。

 しかし、その回答がどーしようもないシロモノで、再度石田から質問とお願いをした。この市の回答が、本当に「どーしようもないシロモノ」か否か、多くの方に考えていただくために、晒す公開することにした。公開するにあたって、石田が書いた手紙にあった脱字をひとつ補った。


 市からの回答の全文。強調は原文のママ。

「小学校教員の先生方の仕事を減らしてください」に対する回答について」



「(1)学校現場の仕事を絶対に増やさない」及び「(2)学校現場の教員の仕事を減らす」について
 昨今の教育現場において、様々な制度改正や教育課程の見直しが相まって、教員の多忙感が増大していることは、教育委員会として十分認識しているところです。
 また、次世代を担う児童・生徒を預かるという教員の立場から、自ずとその責務は大きくなり、多様化する保護者のみなさんのニーズを汲むことも含めて、その役割は大きくなっているといえます。


 一方で、教員一人ひとりが健康で安心して教育に携わることができるよう、教育委員会として健康管理や安全管理等、教育環境の整備を行っていくことは言うまでもありません。


 教育委員会としましても、ご指摘をいただいている現状の課題を認識しており、学校経営の責任者である各校長及び副校長と意見交換をしながら、校務の合理化・効率化に向けた検討を進めているところです。
 なお、各学校においては、それぞれおかれている現状や課題が異なり、それに対する取り組み内容も同一とは限りません。課題への対応や改善に向けた取り組みにおいては、一朝一夕には解決できない面も多いと考えますが、一つでも多く改善していけるよう取り組みを進めてまいります。


「(3)ボランティア・コーディネーターの分掌の拡大」について
 ボランティアコーディネーターの活動は、学校における教育活動において、学校とボランティア活動を行う方々の要望や、必要性を満たすための支援や調整を行うことです。
 具体的には、ボランティアの情報を収集・提供するために、学校の教員と打合せを行ったり、地域の会議などに出席して学校の教育活動を周知したりしています。
 また、大学や地域団体等の間に入って、学校におけるボランティア活動の仲介や紹介、調整なども行っています。
 このように多岐にわたる活動を行っていますが、ボランティアコーディネーターは、1日の活動時間の上限が3時間という制約もあります。
 この状況をぜひご理解いただければと思います。 



 これに対して、石田は 2014年7月26日 に下記の通り応答した。応答文の冒頭に、市職員の方の実名入りの宛名を書いた部分と、末尾の石田の署名部分は削った。

 お世話になっております。
 野津田町に住んでいる、石田ともうします。


 お返事を頂けたのはありがたいのですが、お訊ねしたことへの回答になっていません。中学生のレポートだったら、確実に零点です。もう少しだけ、まじめに回答してください。このような文書が課長の決済を通ること、非常に驚いています。


 まずは、お訊ねした『いつまでに、だれが、なにを、どのようにして、どうするか、またはしないか』に、回答する意思があるのか、無いのか、明らかにしてください。そういう意思が無いのであれば、はっきり『回答しない』と応じてください。


 以下、なぜ『零点』なのか、個別に指摘します。もし、「まじめに回答したし、零点じゃない」のであれば、指摘中のお訊ねにご回答をお願いします。


昨今の教育現場において、様々な制度改正や教育課程の見直しが相まって、教員の多忙感が増大していることは、教育委員会として十分認識しているところです。


 どのような「制度改正」や「教育課程の見直し」を念頭に置いての、ご回答でしょうか?
 それらを具体的に特定して例示してください。


 「多忙感が増大」とあります。とすると、教育委員会では「実際に多忙ではないが、そのように感じることが増している」と認識しているということですね。そのように認識する根拠を、業務量や勤務時間など、具体的な数字を挙げて示してください。まさか、それらを把握しないまま、「多忙感が増大」などと述べたわけではないでしょうから、容易に示すことができるはずです。


 これらが示せないのであれば、この記述はただの「出来の悪い作文」だということです。


また、次世代を担う児童・生徒を預かるという教員の立場から、自ずとその責務は大きくなり、多様化する保護者のみなさんのニーズを汲むことも含めて、その役割は大きくなっているといえます。
一方で、教員一人ひとりが健康で安心して教育に携わることができるよう、教育委員会として健康管理や安全管理等、教育環境の整備を行っていくことは言うまでもありません。


 この記述は、わかりきったことをわざわざ述べただけで、意味が無いただの埋草です。言うまでもないことは、書かないでください。


 余談ですが、『言うまでもないこと』を石田が述べる必要に迫られた場合は、みなさんがおっしゃった「言うまでもありません」の所に、「このようなこと、仏陀に教えを説くようなお話であり、恐縮でございます。念のため、無礼を圧して申し述べましたこと、ご容赦いただけましたら幸いです」などと書きます。石田は、いつも、公私の別なくそうしていますし、そうする機会はしばしばあります。これもまた『お役所仕事』ならではのことかと存じます。ご参考まで。


教育委員会としましても、ご指摘をいただいている現状の課題を認識しており、学校経営の責任者である各校長及び副校長と意見交換をしながら、校務の合理化・効率化に向けた検討を進めているところです。


 「現状の課題を認識」しているなら、それはどのような課題か、具体的に述べてください。


 「校務の合理化・効率化に向けた検討を進めている」は、どのような検討か、 2-3 の例で良いので書いてください。

なお、各学校においては、それぞれおかれている現状や課題が異なり、それに対する取り組み内容も同一とは限りません。


 これは自明な言及であり、つまり無意味です。


課題への対応や改善に向けた取り組みにおいては、一朝一夕には解決できない面も多いと考えますが、一つでも多く改善していけるよう取り組みを進めてまいります。


 その「取り組み」について、現に取り組んでいることと、既に取り組む計画があるもののうち、主要なものを挙げてください。


「(3)ボランティア・コーディネーターの分掌の拡大」について
 ボランティアコーディネーターの活動は、学校における教育活動において、学校とボランティア活動を行う方々の要望や、必要性を満たすための支援や調整を行うことです。
 具体的には、ボランティアの情報を収集・提供するために、学校の教員と打合せを行ったり、地域の会議などに出席して学校の教育活動を周知したりしています。
 また、大学や地域団体等の間に入って、学校におけるボランティア活動の仲介や紹介、調整なども行っています。


 なぜ、そんな説明を長々とするのでしょう? 石田が、それを理解しているうえで、お願いしていることは、石田からのお手紙で読み取れるはずです。上に書いたようなことを、担任の教員や保護者がやっている実態があるのです。それを改善するために、いつ、どこで、だれが、なにを、どうするのか、明らかにしてください。

 このように多岐にわたる活動を行っていますが、ボランティアコーディネーターは、1日の活動時間の上限が3時間という制約もあります。
 この状況をぜひご理解いただければと思います。 


 だから、それを改善してくださいとお願いしています。
 石田が書いた文章から、それが読み取れないのであれば、石田の文章のどこが不備であったのか、具体的にご指摘願います。


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石田剛 IshidaTsuyoshi

あのとき、なにがおかしかったか解るために

教育 小学校 PTA

 子どもらの間で『いじめ』があるとき、そのことを指摘された『いじめてる側の子ども』は、しばしば「遊びだった」「いじめじゃなかった」などと言う。ほとんどの場合、それはウソじゃない。確かに、その子らにとって、それはとても楽しい遊びであり、それが『いじめ』だという認識も無かったはずだ。石田自身が子どもだった時のことを思い出しても、思い当たることがいくつもある。

 こういうとき、子どもを諭すおとなが「それを、楽しいと感じたことがダメなのだ」とか、「楽しいと感じることが、恥ずべきことなのだ」とか言ったり、子どもに言わせたりしてはいけない。だって、それを楽しいと感じるのは、ごく自然なこと*1だ。まずは、それが楽しかったことを事実として受け容れた上で「楽しいんだけど、してはいけない」ということを、子どもらに学ばせなければならない。

 この「楽しいと感じた」という事実と、併せて「積極的に楽しんでやっていた」という事実を受け容れず、むしろ否定して、「実は楽しくなかった」「楽しむためにやってたんじゃなかった」などという虚構を創り出してはいけない。しかも、この虚構を創ろうとするのは、当の子どもではなく、周囲のおとなであることもよくある。むしろ、子どもよりおとなの方が、「楽しいと感じた」「積極的に楽しんでやっていた」という事実を受け容れたくないのだろう。それでは「楽しいんだけど、してはいけない」と理解することはできない。それではまた「楽しいからやる」に戻ってしまう。ぜんぜん学んでいない。


 「いじめじゃなかった」についても、まずはそれをしていた時点では、「本人が『いじめ』と自覚してやっていたわけではない」ことは、本人も周囲のおとなも事実として受け容れよう。その上で、実際になにをしたかを省みて、「後から考えてみると、それは『いじめ』だった」ということを、いじめた側の子どもや、周囲のおとなが受け容れられるようにしなければならない。それを受け容れることに、強い抵抗を感じる場合もあるだろう。しかし、それを受け容れた上で、「なぜ、それがダメなのか」考えなければならない。


 仲間と、予め示し合わせてやったことであれば、その事前の相談の時になにを考えていたか、どうなることを期待していたかも、振り返って考えるべきだろう。この場合も「そういう事前の準備は無かった」と思い込みたい気持ちに抗い難い場合があるだろう。しかし、まずは事実を受け容れなければ、これがダメであることを学ぶことはできない。


 これらの事実を受け容れるために、少し時間をおくべき場合もある*2だろう。ほとんどの場合、これらを受け容れるのは辛いことだ。どうしても受け容れることができない場合も、しばしばあることだろう。そして、受け容れることができたか否かにかかわらず、その子どもが赦されることがぜひとも必要だ

 この『赦される』ことについては、いじめられていた子ども本人や、その子どもの家族からしてみれば、腹立たしく思うことだろう。その、いじめられていた本人や、子どもの家族が、いじめていた子どもを赦す必要は無い。しかし、ほかの誰かから赦されることは、ぜひとも必要なことだ。


 子どもに説教をして、子どもから「反省している」とか「謝りたい」とかの言葉を引き出して、謝りに行かせるのは、たぶん害あって益無しだ。その説教のために拘束されていることは、子どもにとっては辛いことだ。そして、ほとんどの子どもは、ウソで良いから「反省している」「謝りたい」と言えば、その苦痛から開放されることをすぐに理解する。それで「謝ったふり」だけさせて、肝心の「事実を受け容れる」「考える」というプロセスを飛ばしてしまうのでは、せっかくの学ぶ機会を棄ててしまう*3ことになる。子どもらは、ただ「説教から解放されるにはどうすれば良いか」を学習するだけだろう。それではダメだ。

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石田剛 IshidaTsuyoshi

*1:See:『いじめ』って楽しいんだよね - 石田のヲモツタコト

*2:あまり時間をおき過ぎると、そのとき「なにを感じていたか」を忘れてしまう。「なにをしていたか」は、字に書いて残しておくことができるが、「なにを感じていたか」字に書いて残しておくことはたぶんできない。その事実を受け容れないまま、「なにを感じていたか」を言葉にして書き出す方法はたぶん無い。

*3:その機会を得た時にしか学ぶことができないというわけじゃない。そういう機会を得た場合でなくても、子どもらがそれを学ぶよう、周囲のおとなが働きかけることはするべきだ。