石田のヲモツタコト

書いてるのは 石田剛 です。

【重要】まずは「石田のヲモツタコト」の中の人と「その他の石田」の分離を読んでください。

『このお話を、各学級に下ろしてください』の余談

 先の予告通り、『このお話を、各学級に下ろしてください』 - 石田のヲモツタコトで公開した手紙の、余談の部分を公開する。これは、学校から各家庭に配布している学級連絡網の記載について、校長に伝えた物。*1


 その学級連絡網の、問題の箇所はこんなの。

 


 そんで、石田が校長宛に書いたお手紙の余談部分がこれ。これは『このお話を、各学級に下ろしてください』で公開した部分の後に、「閑話休題。」と書いてから続けて書いたもの。

 ついでに、学校で配布されている学級連絡網に、『良き日本語話者』として相応しくない記述があるので、併せてお伝えします。連絡網の左下にある、下記の記述は、来年度からで良いので、改めていただけますようお願いします。


誤:問い合わすことは
正:問い合わせることは


 ここの文章は、ほかにも日本語としておかしなところがたくさんありますね。「教育委員会等を含め」で始まる文は、そう書いたきり、「だれが」という情報が示されていません。ここは「教育委員会などを含め、学校の関係者が、児童の名前や住所~」などとするのが適当と考えます。書き出しの『最近』も、「いったい、何年間『最近』が続いてんだよっ」ってツッコミ入れたくなりますね。これ、少なくとも、今の 6年生 が 1年生 だった 2009年 から、毎年 『最近』って書いてあります。たぶん、もっと前から、ずーっと『最近』が続いてたんでしょうね。



 乗りかかった船なので、いっそ全部書き換える場合の「石田案」を書いておきます。


 石田案:
 アルバム業者や、宅配業者などのふりをして、
 児童や保護者の 名前, 住所, 電話番号などを
 聞き出そうとする者がいます。教育委員会など
 を含め、学校の関係者が、児童や保護者の
 名前, 住所, 電話番号 などを、ご家庭に問い
 合わせることは絶対にありませんので、聞かれ
 ても教えないように、ご注意願います。不審な
 電話などがありましたら、学校までお知らせ
 ください。


 石田案による改善点を、列挙しておきます。

  1. 『☆』は要らない。けど、あっても良い。
  2. 『最近』はトル。
  3. 『宅配便のふり』をして電話をかけてくる奴は居ない。(これ、中学校の国語の試験だったら、確実に × ですね。たぶん、小学校でも 6年生 だったら × ではありませんか?)
  4. 『全員の』はトル。賢い名簿屋は、全員の情報を訊き出そうとはしない。
  5. 名簿屋は、児童の名前と同じくらい、保護者の名前にも興味がある。だから、「児童や保護者の」とした。
  6. 「名前・住所・電話番号」だけとは限らないから、「電話番号など」とした。
  7. 「名前・住所・電話番号」と「名前や住所、電話番号」が不統一なので、「名前, 住所, 電話番号」に統一した。ついでにナカグロはやめてコンマにした。この方がより明示的になるが、別にナカグロじゃダメって程でもない。ナカグロってのは ・ ← これのこと。
  8. 「問い合わす」を「問い合わせる」に直した。(既出)
  9. 「絶対にありませんので」の後に、『どうしてほしいか』を「聞かれても教えないように、ご注意願います」と明示した。
  10. 『不審な時は』は、『不審な電話などがありましたら』に改めた。これは、どうしても『不審な時は』じゃダメってほどでもないが、『不審な電話などがありましたら』の方が、たぶんより良い。


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石田剛 IshidaTsuyoshi

*1:この手紙には、さらにもうひとつ余談の話があるけど、それを公開すべきかは考え中。

道路に落ちているゴミを拾って歩く

 以前、石田は『共産党は変わることができるか - 石田のヲモツタコト』で、公地などに無断で貼られるポスターについて、こんなことを書いた。

 これらのポスターは、日本共産党がつまり、他人や公共の不動産を侵奪してはばからない、反社会的な団体であることを広報しているということだ。


 すぐはがせ。二度と貼るな。


 今日、同じ場所を通りかかると、また同じ場所に、同じようにポスターが貼ってある。写真は撮ってない。

 
 地図 ※写真はイメージです。

 
 地図 ※写真はイメージです。


 石田は 日本共産党町田地区常任委員 をお務めであるらしき*1、 古橋さん って方に何度か電話で「こういうことをしてはいけないですよね」とお話したことがある。その都度、古橋さんからは「おっしゃるとおりです。すぐやめます」とのお話をいただき、実際に、そのたびにポスターは無くなっていた。けど、また貼られることが、ずっと繰り返されている。

 もう、そもそも日本共産党とは、そういう団体なのだと理解すべきなのだろう。

 だからといって、石田はこれらのポスターを放置したくはない。石田は、近所の公園で子どもと遊ぶとき、ほとんどいつもゴミ袋を持って行って、公園のゴミを拾う。公園への行き帰りや、家族で近所を散歩するときも、ほとんどいつもそうしている。そのゴミを拾うのと同様に、こういうポスターも、撤去させるため、そして二度と貼り出させないようにするための、小さな努力を継続しよう。

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石田剛 IshidaTsuyoshi


2015年3月12日 追記:
 数日前、これらの場所を通りかかったとき、これらのポスターはなくなっていた。掲出した者や共産党関係者が撤去したのか、柵の管理者が撤去したのか、いずれでもないのか、石田にはわからない。

*1:http://www17.ocn.ne.jp/~jcp/furuhashi/index.htmlに、そう書いてあるが、古い情報なので今は違うのかもしれない。

『このお話を、各学級に下ろしてください』

 小学校*1の校長先生に宛てた手紙をひとつ、公開することにした。この手紙には主題の話のほか、余談の話*2も書いたが、それは削った。強調と脚注は、すべて公開するにあたって補ったもの。公開する際に、ささいな誤字の類を 1箇所 直した。

 この手紙について、取り次ぎをお願いした先生からは、 2014年10月3日 に『渡した』旨の応答はあった。校長からは、『読んだ』とも『読まない』とも、まったく応答が無い。*3

 手紙の本文中に、「だれかに話を伝えるときに使う『達する』という言葉は、上下関係がある場合にしか使わない」旨の記述があるが、これは石田の誤解によるものかもしれない。けど、あえてそのままにした。

村上校長先生


 お世話になっております。
 鶴一小PTA 3年2組 学級代表 の石田です。


 先日の PTA運営委員会 で、気付いたことがあります。 PTA役員 の方*4は、運営委員会で話したことを、各学級でも周知すべき場合に、『このお話を、各学級に下ろしてください』とおっしゃっていました。


 村上先生はご存知でないかもしれませんが*5、元来、小学校の PTA の組織には、上下関係は一切ありません。小学校の PTA では、会長も、役付きでない会員も、まったく同じ権利と義務を共有することになっています*6。もちろん、学校職員である会員であるところの、村上先生もまったく同様です。これは、小学校の PTA にとって、極めて重要な特長であって、 鶴一小PTA の会則も、このことを大前提としています。役員のみなさんは、そのことをご存知でない可能性が高いようです。ぜひ、先生から、役員のみなさんに、このことをお伝え願います。これは、重要な事です。


 本来なら、このようなことに、わざわざ先生のお手を煩わせたくはないのですが、石田には、直接 PTA役員 の方々にお伝えする手段が、運営委員会で会うときくらいしか無いので、先生にお願いすることにしました。先生が引き受けてくださらないなら、次回の運営委員会で話すことにします。



 石田は、私企業の従業員だったり、町田市の特別職公務員だったり、明確に上下関係と、指揮および命令系統のある組織にも属しています。それらの組織では、明確に上意下達する場合であっても『下ろす』などという言葉は使いません。そういう場合は、『周知する』『達する』などの言葉を使います。


 石田は、極めて上下関係の厳しい学校の学生だったこともありますが、そこでさえ『下ろす』などと言う方は居ませんでした。ちなみに、その学校では『達する』と言っていました。


 PTA の場合は、明確に上下関係が *無い* のだから『周知する』などが日本語として適当です。『達する』は、上下がある場合に使う言葉*7ですので、 PTA では使うべきでないですね。


 子どもらに日本語を教えることも、小学校の先生方の、極めて重要な仕事ですので、ぜひ、子どもらのお手本にふさわしい、良き日本語話者として振る舞ってください。



 ところで、例えば町田市教育委員会や、都教委などから、各学校の職員に周知すべき通達などがあった場合に、『この通達を各学校に下ろす』といった表現が使われる場合は、ありますでしょうか? よろしければ、その有無をご教示いただけましたら幸いです。


 『通達』の『達』は、『達する』の『達』ですから、こういう場合は『達する』が適当ですね。けど、その場合でも『周知する』と言ってもまったく差し支えありません。これは、いわゆる『謙譲の美徳』ってやつです。



 閑話。


 もっとも、石田は個人的に『謙譲の美徳』という言葉が、あまり好きではありません。この言葉は、主張すべきことを主張する方に『黙れ』と言う代わりに使われることが、ときどきあります。むしろ、『謙譲』の態度を示さない方への、傾聴の姿勢や寛容さを保ちたいと、石田は心がけています。


 石田は『過ちて正さず、これを過ちという』とか、『過ちを改めるに、はばかる事なかれ』といった言葉が好きです。これらの言葉には、過ちを犯した方への寛容さがあります。


--
石田剛 IshidaTsuyoshi

*1:特定しておく。町田市立鶴川第一小学校だ。

*2:たぶん、またこんど公開することになる。

2014年11月20日 に公開した。
『このお話を、各学級に下ろしてください』の余談 - 石田のヲモツタコト

*3:このエントリを公開した時には、ここに「しかしそれは、子どもが応答の手紙をなくすなどしたのかもしれない」と書いておいたが、それは削った。確かに、応答していなかったそうだ。そして、2014年12月1日に、口頭で「読んだ」旨の応答をもらった。

*4:念のため年度を特定しておく。2014年度 の役員の方だ。

*5:石田が 2014年 の春頃に、この校長と会って話した際、石田から校長に「校長先生も会員なんですよ」との旨を述べると、校長は「確かに私も PTA の会費は払ってますが、会員ってことはないと思いますよ」と述べていた。

*6:会長は、(外部に対して)代表として振る舞い、 総会, 役員会, 運営委員会 を招集する旨、会則に定めてある。これらは会長に他の会員が持っている権利を付託しているのであって、会長に会員が元々持っていない権利を付与したのではない。会長が、他の会員の上位者として振る舞うことも肯定しない。役無しの会員や、委員が、会長他の役員の指揮命令に従うべきとの定めは、当然に存在しない。

*7:上にも書いたが、これは石田の誤解である可能性がある。

Re1: 小学校の先生方の仕事を減らしてください

 先に報じた『小学校の先生方の仕事を減らしてください』には、 2014年5月23日付け で、町田市教育委員会学校教育部の教育総務課長と指導課長の連名で、回答があった。

 しかし、その回答がどーしようもないシロモノで、再度石田から質問とお願いをした。この市の回答が、本当に「どーしようもないシロモノ」か否か、多くの方に考えていただくために、晒す公開することにした。公開するにあたって、石田が書いた手紙にあった脱字をひとつ補った。


 市からの回答の全文。強調は原文のママ。

「小学校教員の先生方の仕事を減らしてください」に対する回答について」



「(1)学校現場の仕事を絶対に増やさない」及び「(2)学校現場の教員の仕事を減らす」について
 昨今の教育現場において、様々な制度改正や教育課程の見直しが相まって、教員の多忙感が増大していることは、教育委員会として十分認識しているところです。
 また、次世代を担う児童・生徒を預かるという教員の立場から、自ずとその責務は大きくなり、多様化する保護者のみなさんのニーズを汲むことも含めて、その役割は大きくなっているといえます。


 一方で、教員一人ひとりが健康で安心して教育に携わることができるよう、教育委員会として健康管理や安全管理等、教育環境の整備を行っていくことは言うまでもありません。


 教育委員会としましても、ご指摘をいただいている現状の課題を認識しており、学校経営の責任者である各校長及び副校長と意見交換をしながら、校務の合理化・効率化に向けた検討を進めているところです。
 なお、各学校においては、それぞれおかれている現状や課題が異なり、それに対する取り組み内容も同一とは限りません。課題への対応や改善に向けた取り組みにおいては、一朝一夕には解決できない面も多いと考えますが、一つでも多く改善していけるよう取り組みを進めてまいります。


「(3)ボランティア・コーディネーターの分掌の拡大」について
 ボランティアコーディネーターの活動は、学校における教育活動において、学校とボランティア活動を行う方々の要望や、必要性を満たすための支援や調整を行うことです。
 具体的には、ボランティアの情報を収集・提供するために、学校の教員と打合せを行ったり、地域の会議などに出席して学校の教育活動を周知したりしています。
 また、大学や地域団体等の間に入って、学校におけるボランティア活動の仲介や紹介、調整なども行っています。
 このように多岐にわたる活動を行っていますが、ボランティアコーディネーターは、1日の活動時間の上限が3時間という制約もあります。
 この状況をぜひご理解いただければと思います。 



 これに対して、石田は 2014年7月26日 に下記の通り応答した。応答文の冒頭に、市職員の方の実名入りの宛名を書いた部分と、末尾の石田の署名部分は削った。

 お世話になっております。
 野津田町に住んでいる、石田ともうします。


 お返事を頂けたのはありがたいのですが、お訊ねしたことへの回答になっていません。中学生のレポートだったら、確実に零点です。もう少しだけ、まじめに回答してください。このような文書が課長の決済を通ること、非常に驚いています。


 まずは、お訊ねした『いつまでに、だれが、なにを、どのようにして、どうするか、またはしないか』に、回答する意思があるのか、無いのか、明らかにしてください。そういう意思が無いのであれば、はっきり『回答しない』と応じてください。


 以下、なぜ『零点』なのか、個別に指摘します。もし、「まじめに回答したし、零点じゃない」のであれば、指摘中のお訊ねにご回答をお願いします。


昨今の教育現場において、様々な制度改正や教育課程の見直しが相まって、教員の多忙感が増大していることは、教育委員会として十分認識しているところです。


 どのような「制度改正」や「教育課程の見直し」を念頭に置いての、ご回答でしょうか?
 それらを具体的に特定して例示してください。


 「多忙感が増大」とあります。とすると、教育委員会では「実際に多忙ではないが、そのように感じることが増している」と認識しているということですね。そのように認識する根拠を、業務量や勤務時間など、具体的な数字を挙げて示してください。まさか、それらを把握しないまま、「多忙感が増大」などと述べたわけではないでしょうから、容易に示すことができるはずです。


 これらが示せないのであれば、この記述はただの「出来の悪い作文」だということです。


また、次世代を担う児童・生徒を預かるという教員の立場から、自ずとその責務は大きくなり、多様化する保護者のみなさんのニーズを汲むことも含めて、その役割は大きくなっているといえます。
一方で、教員一人ひとりが健康で安心して教育に携わることができるよう、教育委員会として健康管理や安全管理等、教育環境の整備を行っていくことは言うまでもありません。


 この記述は、わかりきったことをわざわざ述べただけで、意味が無いただの埋草です。言うまでもないことは、書かないでください。


 余談ですが、『言うまでもないこと』を石田が述べる必要に迫られた場合は、みなさんがおっしゃった「言うまでもありません」の所に、「このようなこと、仏陀に教えを説くようなお話であり、恐縮でございます。念のため、無礼を圧して申し述べましたこと、ご容赦いただけましたら幸いです」などと書きます。石田は、いつも、公私の別なくそうしていますし、そうする機会はしばしばあります。これもまた『お役所仕事』ならではのことかと存じます。ご参考まで。


教育委員会としましても、ご指摘をいただいている現状の課題を認識しており、学校経営の責任者である各校長及び副校長と意見交換をしながら、校務の合理化・効率化に向けた検討を進めているところです。


 「現状の課題を認識」しているなら、それはどのような課題か、具体的に述べてください。


 「校務の合理化・効率化に向けた検討を進めている」は、どのような検討か、 2-3 の例で良いので書いてください。

なお、各学校においては、それぞれおかれている現状や課題が異なり、それに対する取り組み内容も同一とは限りません。


 これは自明な言及であり、つまり無意味です。


課題への対応や改善に向けた取り組みにおいては、一朝一夕には解決できない面も多いと考えますが、一つでも多く改善していけるよう取り組みを進めてまいります。


 その「取り組み」について、現に取り組んでいることと、既に取り組む計画があるもののうち、主要なものを挙げてください。


「(3)ボランティア・コーディネーターの分掌の拡大」について
 ボランティアコーディネーターの活動は、学校における教育活動において、学校とボランティア活動を行う方々の要望や、必要性を満たすための支援や調整を行うことです。
 具体的には、ボランティアの情報を収集・提供するために、学校の教員と打合せを行ったり、地域の会議などに出席して学校の教育活動を周知したりしています。
 また、大学や地域団体等の間に入って、学校におけるボランティア活動の仲介や紹介、調整なども行っています。


 なぜ、そんな説明を長々とするのでしょう? 石田が、それを理解しているうえで、お願いしていることは、石田からのお手紙で読み取れるはずです。上に書いたようなことを、担任の教員や保護者がやっている実態があるのです。それを改善するために、いつ、どこで、だれが、なにを、どうするのか、明らかにしてください。

 このように多岐にわたる活動を行っていますが、ボランティアコーディネーターは、1日の活動時間の上限が3時間という制約もあります。
 この状況をぜひご理解いただければと思います。 


 だから、それを改善してくださいとお願いしています。
 石田が書いた文章から、それが読み取れないのであれば、石田の文章のどこが不備であったのか、具体的にご指摘願います。


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石田剛 IshidaTsuyoshi

あのとき、なにがおかしかったか解るために

 子どもらの間で『いじめ』があるとき、そのことを指摘された『いじめてる側の子ども』は、しばしば「遊びだった」「いじめじゃなかった」などと言う。ほとんどの場合、それはウソじゃない。確かに、その子らにとって、それはとても楽しい遊びであり、それが『いじめ』だという認識も無かったはずだ。石田自身が子どもだった時のことを思い出しても、思い当たることがいくつもある。

 こういうとき、子どもを諭すおとなが「それを、楽しいと感じたことがダメなのだ」とか、「楽しいと感じることが、恥ずべきことなのだ」とか言ったり、子どもに言わせたりしてはいけない。だって、それを楽しいと感じるのは、ごく自然なこと*1だ。まずは、それが楽しかったことを事実として受け容れた上で「楽しいんだけど、してはいけない」ということを、子どもらに学ばせなければならない。

 この「楽しいと感じた」という事実と、併せて「積極的に楽しんでやっていた」という事実を受け容れず、むしろ否定して、「実は楽しくなかった」「楽しむためにやってたんじゃなかった」などという虚構を創り出してはいけない。しかも、この虚構を創ろうとするのは、当の子どもではなく、周囲のおとなであることもよくある。むしろ、子どもよりおとなの方が、「楽しいと感じた」「積極的に楽しんでやっていた」という事実を受け容れたくないのだろう。それでは「楽しいんだけど、してはいけない」と理解することはできない。それではまた「楽しいからやる」に戻ってしまう。ぜんぜん学んでいない。


 「いじめじゃなかった」についても、まずはそれをしていた時点では、「本人が『いじめ』と自覚してやっていたわけではない」ことは、本人も周囲のおとなも事実として受け容れよう。その上で、実際になにをしたかを省みて、「後から考えてみると、それは『いじめ』だった」ということを、いじめた側の子どもや、周囲のおとなが受け容れられるようにしなければならない。それを受け容れることに、強い抵抗を感じる場合もあるだろう。しかし、それを受け容れた上で、「なぜ、それがダメなのか」考えなければならない。


 仲間と、予め示し合わせてやったことであれば、その事前の相談の時になにを考えていたか、どうなることを期待していたかも、振り返って考えるべきだろう。この場合も「そういう事前の準備は無かった」と思い込みたい気持ちに抗い難い場合があるだろう。しかし、まずは事実を受け容れなければ、これがダメであることを学ぶことはできない。


 これらの事実を受け容れるために、少し時間をおくべき場合もある*2だろう。ほとんどの場合、これらを受け容れるのは辛いことだ。どうしても受け容れることができない場合も、しばしばあることだろう。そして、受け容れることができたか否かにかかわらず、その子どもが赦されることがぜひとも必要だ

 この『赦される』ことについては、いじめられていた子ども本人や、その子どもの家族からしてみれば、腹立たしく思うことだろう。その、いじめられていた本人や、子どもの家族が、いじめていた子どもを赦す必要は無い。しかし、ほかの誰かから赦されることは、ぜひとも必要なことだ。


 子どもに説教をして、子どもから「反省している」とか「謝りたい」とかの言葉を引き出して、謝りに行かせるのは、たぶん害あって益無しだ。その説教のために拘束されていることは、子どもにとっては辛いことだ。そして、ほとんどの子どもは、ウソで良いから「反省している」「謝りたい」と言えば、その苦痛から開放されることをすぐに理解する。それで「謝ったふり」だけさせて、肝心の「事実を受け容れる」「考える」というプロセスを飛ばしてしまうのでは、せっかくの学ぶ機会を棄ててしまう*3ことになる。子どもらは、ただ「説教から解放されるにはどうすれば良いか」を学習するだけだろう。それではダメだ。

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石田剛 IshidaTsuyoshi

*1:See:『いじめ』って楽しいんだよね - 石田のヲモツタコト

*2:あまり時間をおき過ぎると、そのとき「なにを感じていたか」を忘れてしまう。「なにをしていたか」は、字に書いて残しておくことができるが、「なにを感じていたか」字に書いて残しておくことはたぶんできない。その事実を受け容れないまま、「なにを感じていたか」を言葉にして書き出す方法はたぶん無い。

*3:その機会を得た時にしか学ぶことができないというわけじゃない。そういう機会を得た場合でなくても、子どもらがそれを学ぶよう、周囲のおとなが働きかけることはするべきだ。

『いじめ』って楽しいんだよね

 『いじめ』って、実は楽しい。


 仲間と示し合わせて、気に入らない誰かを侮辱して蔑み、自分のほうが上であることを周囲に見せつけるのって、子どもにとってもおとなにとっても楽しい。この楽しさや、それによって得られる優越感が、いじめや差別が起こったり、助長されたりする重要な要因のひとつだと石田は考えている。

 だから、石田は我が子には『生まれたままのヒトは、それを楽しいと感じる。それは、ヒトが元々持っている性質だ。しかし、社会の中で人間として生きるなら、それがどうダメなのか学び考え、知性や理性といった力で、その性質のままに振る舞わないように自制しなければいけない』と教えている。


 先に伝えた 小学校PTAで起こる『おとなの世界のいじめ』 のときも、いじめの楽しさがよくわかる出来事があった。


 石田は、この茶番が始まる前「あらかじめ互いの立場や意見の違いを明らかにして、論点を整理してからみなさんで話し合うのでなければ、意味のある話し合いはできない。そういう準備をしてから、改めて運営委員会で話し合うべき」との旨を主張した。すると、 PTA役員席 ではないところにいらっしゃった委員の方から、石田が述べた意見について、概ね「そのガタガタ言ってる時間がもったいない。すぐ話を始めるべき」といった内容の発言があった。石田から「『ガタガタ』は取り消していただけますか?」と述べると、その方はとても楽しげな笑顔でお道化て見せて、それを取り消した。何人かの委員の方から、笑い声があがった。みなさん、とても楽しそうだった。


 石田は、この後なにが起こるのか、だいたいは予想できていた。そして、それを阻止しようとするより、むしろ、そこで起こることを多くの方に見聞きして頂き、考えるきっかけにしていただくのが良いと判断した。

 それから、この委員会には校長と副校長も出席していて、この様子をぜんぶ見ていた。彼らが、この出来事についてどういう態度をとるか知ることも、重要な事だと考えた。

 そして、 小学校PTAで起こる『おとなの世界のいじめ』 に書いた通りのことが行われた。


 後日、副校長から、この出来事についてお話を伺うことができた。副校長は「せわしない中で議決された感はある。議決はとして有効ではある」とだけ述べた。石田から「そこにいじめがあったか?」と訊ねたが、それに明瞭な回答は得られなかった。


 この、校長や副校長は、いじめについて、子どもらにどのように教えているのだろうか? ただ、鸚鵡のように「いじめはダメ。いじめはいけない」と繰り返しているだけでは、いじめについて教えていることにはならない。教える側も、教えられる子どもも、なにがどのようにマズいのか、自分の頭で考えることがぜひとも必要だ。

 「いじめが起こるのは、いじめられている側に原因がある」と本気で考えているおとなは、きっとたくさん居るのだろう。そして、そういうおとなは「いじめ」や「いじめの脅威」を利用して他人になにかを強要することに、なんの疑問も感じないものなのだろう。そういう者にとって、その「強要」や「同調圧力*1に抗うことは、いじめに遭うだけの正当な理由であり、いじめられる者が自ら作った原因なのだろう。


 ただ鸚鵡のように「いじめはダメ。いじめはいけない」と喋りはするものの、自らいじめのお手本を示してみせるおとなの姿を見て、子どもらはなにを感じるだろうか。あの「ガタガタ」をお道化て取り消して見せた方や、それを見て笑った方々は、その自分の姿を我が子に見せて恥じない心の持ち主なのだろうか。案外、それを恥じたりはしないのかもしれない。「いじめが起こるのは、いじめられている側に原因がある」と本気で考えているなら、むしろ「良いお手本を示している」と考えるものなのだろう。

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石田剛 IshidaTsuyoshi

*1:石田は「空気」を読まない。強い同調圧力を感じる場合でも、必要な意見は述べるように努めている。特に、ダメなことをダメだと言う場合においては、そこにある同調圧力を押し切って「ダメだ」と言うようにしている。意見が違っていても、協調することは、常にそうできるように心がけている。
See:「協調」について考えたこと - 石田のヲモツタコト

学校は ダメな手紙 の配布には応じるべきでない

 こないだ書いた 『石田の名前で出すおてがみに朱書きする小学校』 のつづき。その、石田が書いた手紙は、学校では配ってもらえなかった。


 石田は、朱書きの通りに書き換えることは、はっきり『断る』と伝えた。先生から『それなら配らない』といったお話は無かった。そして、そのまま、その手紙は配られなかったわけだ。

 配られなかった理由を副校長に訊ねると「朱筆の訂正に応じてもらえなかったので配らなかった」と回答があった*1。さらに副校長曰く「世間ではこういうこと(手紙に朱書して書き換えてもらうこと)は普通にあること」なのだそうだ。石田から「先生がおっしゃるのは、上司が部下の手紙を直すたぐいの話ではありませんか?」と訊ねたが、明瞭な応答は無かった。

 副校長は「学校で配る以上、学校も責任を負わねばならない」といった話をする。まったくそのとおりだ。だから、 PTA会長 の求めであろうと、ダメな手紙*2には、はっきり「これは配るわけにいかない」と、学校は応じなければならない。


 それで、先生が入れた朱書きがこれだ。

 

 この朱書き通りに書き換えないまま、この手紙を配ったとして『学校の責任』としてなにかマズいことがあっただろうか?


 石田は、副校長の言う「学校で配る以上、学校も責任を負わねばならない」というお話には、まったく同感である旨を副校長に伝えた。その手紙を配るか否かは、学校または教師の裁量に属すべきことだ。その上で石田は「今回、この手紙を配らなかったことに、正当な理由は無い」と主張した。副校長は「私は正当だと思います」と応答した。みなさんは、どう思われただろうか?


 この副校長は、学校が PTA会員 の手紙に朱書きを入れるなんてことは、当たり前のことだと思っているのだろう。その考えの底に『PTA が、保護者の学びの場であることなんてどうでも良い。PTA には学校の下働きでいてほしい』という意識があると考えるのは、勘ぐり過ぎだろうか? しかし、そうとでも考えなければ、副校長の言うことはつじつまが合わない。

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石田剛 IshidaTsuyoshi

*1:石田は「それを『訂正』って言ったら日本語としておかしい」旨も指摘したが、それはこの場合は些事だ。そういう先生方が、子どもに日本語を教えていることには危惧を感じる。

*2:例えば「誰もやりたがらない委員はクジで決めます」とか書いてる手紙はダメだね。

どうしたら「やりたくないことはやらない」ですむか 学級代表委員編【外野席】

 以前書いた『「やりたくないことはやらない」は、ゴールではなくて出発点だ』について、もちょっと詳しく実践的な考えを述べてみました。向こうの blog では消されてしまうような*1辛辣な意見を述べたい方や、『部外者だから、あっちに書くのは遠慮したい』といった奥ゆかしい方は、このエントリのコメント欄に書いてください。ただし、向こうの blog のコメント欄が関係者限定にしてあるとか言った事情はありません。念のため。

 どうしたら「やりたくないことはやらない」ですむか 学級代表委員編 - 小学校つるいち

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石田剛 IshidaTsuyoshi

*1:どういう場合に消されてしまうのかは、向こうの blog の『この blog について - はじめにお読みください。』をご参照ください。

「プライバシー」ってなんだっけ?

 石田の子どもらが通っている小学校の PTA では、毎年春の保護者会*1で、その年の委員と係を決める。今年の決め方はひどかった。

 誰もやりたがらない委員や係は、クジで決めるというのだ。しかも、クジで当たった方がどうしても引き受けることができない事情がある場合は、その事情を保護者会の出席者に明らかにし、出席者全員が納得したらやらなくて良いというのだ。

 クジを使うことは、その保護者会のひと月前くらいに、すべての保護者に宛てた PTA会長 からの手紙に書いてあった。「その事情を明らかにして全員が納得したらやらなくて良い」は保護者会の直前に、一部の保護者にだけ配られた文書にしか書いてなかった。けど、それを周知しなくても、クジで当たった方が断るのは難しかっただろう。石田は、その「ひと月前」の時点で「クジはダメだ」と指摘して、制止しなかったことに自責の念を感じている。*2


 一歩譲って、 PTA役員 の方々が、これがどのようにひどいか理解できないことは、やむを得ないことにしよう。しかし、小学校の校長と副校長は、これがどうひどいか理解するべきだ。

 この保護者会のしばらく後に、石田は、校長と副校長と会って話す機会があったので、そのときに「これはひどい。なぜ制止しなかったのか」と訊ねた。すると、おふたりとも「どうひどいのかわからない」と言うのだ。

 石田は、これがどうひどいか、こう言えば一番簡単にわかるだろうと思って、病気の名前*3をひとつ挙げて「例えばクジで当たった方が、その病気で加療中であって、その病気特有の都合で引き受けられない場合は、それを言わなければいけませんか?」という話をした。副校長は、ごく当たり前のことのように、まったくの真顔で「病名までは言わなくて良いと思いますよ」と言い放った。実際にめまいはしなかったが、それに似た、目の前で起こっていることを現実と認め難いような、不思議な感覚を石田は味わった。

 小学校の副校長を務める方が、こんなことを言えることに、その時は非常に驚いた*4。じゃあ、病気だから引き受けられないということは言わなければならないのか、『理由は言わないけどできません』と言ったのでは断れないのか*5。その時は、この話は、それ以上深く話すことができなかった。


 このやり方は、上に書いた「プラバシー」のこと以外にも、たくさんの問題がある。石田は、機会を捉えて「それが、どうひどいのか」もう一度、先生方と話し合いたいと考えていた。しかし、それはやめにした。この春からの 4ヶ月 の間に、先生方や PTA役員 の方々との間で起こったいろいろと、それらに対する主に副校長の言動から、そういう話し合いをするのは無駄だと理解せざるを得なかった。とても残念だ。

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石田剛 IshidaTsuyoshi


参考:
「やりたくないことはやらない」は、ゴールではなくて出発点だ - 石田のヲモツタコト
配布できなかった PTA学級通信 - 石田のヲモツタコト

*1:もしかしたら、「PTA学級会」と呼ぶべきなのかもしれない。
2014/8/13追記:担任の教員も PTA会員 なんだから、やっぱ「PTA学級会」と呼ぶのが正しい気がする。

*2:もっとも、今にして思えば、あのとき制止しようとしてもきっと無駄だったろう。しかし、それでも「クジはダメだ」と言わなかったことに、今も自責の念を感じている。

*3:その病名はここには書かない。特別に珍しい病気じゃない。

*4:その後、驚くことがいっぱいありすぎて、だんだん驚かなくなってきた。

*5:実際には、こう言い切れる方は少ないだろう。そんなことしたら、保護者の間で起こる『いじめ』の標的になってしまう可能性が高い。しかし、そう言っても良いのだと、より多くの方が理解するべきだ。

小学校PTAで起こる『おとなの世界のいじめ』

 2015年3月1日 追記:
 このエントリは、ある事情のために明示的な表現を避けたせいもあって、非常に読みづらくなってます。すみません。
 下記のエントリが未読であれば、これらを読んでから、このエントリを読むことをおすすめします。そうしたら、少しはわかりやすいんじゃないかと思いますが、気のせいかもしれません。

  1. 3年2組 PTA学級通信 の配布についてお願い - 石田のヲモツタコト
  2. Re: 子どもに持たせたお手紙について - 石田のヲモツタコト
  3. 鶴一小PTA の現状について、みなさんのご認識を教えてください - 石田のヲモツタコト


 それは、その小学校*1の PTA で起こった。自分の気に入らない意見を述べる者を黙らせるために、こんなことをする者が小学校の PTA には居るのだ。そして、それを看過する校長と副校長が、実際に居るのだ。


 2014年5月 のはじめに、小学校と PTA の関係について、石田は PTA本部*2 の方に意見*3を述べた。 e-mail が使える相手だったので、 e-mail でその意見を伝えた*4。しかし、まったく応答が無い。 e-mail を読んだかどうかすら応答が無い。最初は、忙しくて返事をする暇も無いのかと思っていた。しかし、その後の経過を見ると、どうやら石田の意見が気に入らなかったから、シカトしていただけらしい。

 e-mail を送って半月ほどが経ち、今年度の会費を集めるために、小学校で PTA本部 の方と一緒にお仕事をする機会があった。その時、直接 PTA会長 に、先に送った e-mail を印刷した紙を渡し「お手すきの時で良いのでお返事ください」とお願いした。この時、石田はまったく真剣に、 e-mail を PTA会長 が受け取っていないのではないかと考えていた。石田は PTA本部 の方、おひとりのメールアドレスを知っていて、その方に連絡していただけで、 PTA会長 とは e-mail でも電話でも、直接連絡はできなかった。*5 それで確実に渡すために、紙で直接、手渡した。応答は無かった。

 それからさらに半月ほどが経ち、春の大物イベントである運動会が終わった。運動会では、 PTA本部 の方々は、とても忙しそうにいろんな仕事をされていた。石田も「おかたづけ係」に手を挙げていたので、ちょっとは仕事があったが、それは閉会式の後、ほんの 30分 くらいの話だ。PTA本部 の方々は、運動会が始まって終わるまで、交代しながらではあったのだろうが、とてもいろんな仕事がある。石田は、運動会が終わった後、 PTA本部 の方の労を労いつつ、もっと多くの方が仕事を分担すべきである旨を、その具体的な方法の案を添えて、 PTA本部 の方に e-mail で伝えた。その際も、ついでに、先の e-mail で伝えた石田の意見について、応答を求めた。

 そうしてやっと応答があった。しかし、その応答は「メールだと内容がわかりかねます。次回の運営委員会で話しあいましょう」という内容だった。

 石田は、運営委員会で大勢を集めて、いちから話すのは上手くないと考えた。そこで、せめて、予め PTA本部 のみなさん個々の認識、この件に対するご意見やお立場を明らかにしていただくために、「はい」と「いいえ」で回答できる短い質問への回答をお願いした。回答は無かった。

 そして、結局、石田が述べた意見に対する、 PTA本部 の方のご意見は一切伺えないまま、運営委員会が開かれた。PTA本部 の方は、石田が伝えた意見を議題に取り上げ、議決すべきことを列挙した。 e-mail を読んで「メールだと内容がわかりかねます」と応じたのに、なんでそんなことができるのか、激しく疑問だったがそれはまあ瑣末なことだ。この後、ほんの少しだけ石田を含めた数人の委員が発言した。石田が発言する際には、 PTA本部席 でないところから口汚いヤジが飛んだ。PTA本部 の方は、なにも発言しなかった。そうして、突然、 PTA本部席 でないところから「採決すべき」との発言があり、その場で PTA本部 の方が 予め用意していた議決案 を読み上げて採決した。その議決案のうち、石田と PTA本部 で意見が一致していた 1件*6 を除いて、 PTA本部 の方が用意した議決案は 石田の意見はもちろんのこと、委員会で他の委員の方が述べた意見も、まったく反映しない 内容だった。

 その意見は、もともとほとんどの委員の方にとって、どうでも良い事*7だった。PTA本部 が示した案は、石田以外全員の賛成で、議決された。


 さて、ここまで読めば、多くの方には『PTA本部 の方が、予め数人の委員と示し合わせて、そういう茶番を打った』ということがわかるだろう。そして、こういうことが、もし子どもらの学級会で起こったら、標準的な小学校教員は、瞬時にそこに『いじめ』があることに気づくだろう。

 石田自身は、このような『いじめ』はまったく意に介していない。しかし、他の多くの保護者―特に母親である保護者の方に『いじめの脅威』を見せつける効果は、たぶん大きかったのだろう。


 PTA本部 の方々が、『いじめ』と『いじめの脅威』を用いた強要をしていることには、いまさら驚かない。運営委員会には、校長と副校長も出席していて、この経緯をすっかりぜんぶ見ていた。どうやら彼らのご認識を伺わなければならないようだ。その話は、また今度、たぶん書かざるを得なくなるのだろう。とても残念だ。

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石田剛 IshidaTsuyoshi


参考:
『いじめ』って楽しいんだよね - 石田のヲモツタコト
あのとき、なにがおかしかったか解るために - 石田のヲモツタコト

*1:特定しておかないと、他の小学校の教員の方や、 PTA関係者 の方に迷惑がかかるおそれがあるので特定しておく。その小学校は町田市立鶴川第一小学校で、事が起こったのは 2014年5-7月 だ。

*2:PTA の役員全体のことをこう呼ぶ慣習があるらしい。会則で定義されてはいないようだ。

*3:石田は、 PTA学級通信 を発しようとしたが、それを学校で配布するなら PTA会長 の許可が必要だと副校長が主張するので、 PTA会長 にそのような権能が無いことを学校側に伝えるようお願いしていたのだ。意見と言うよりは、極めて当然のことに PTA本部 が同意していることを、学校に伝えて欲しい旨お願いしただけだが、 PTA本部 は同意でなかったようなので、「意見」でだいたいあってるだろう。

その PTA学級通信 はこんなの。
配布できなかった PTA学級通信 - 石田のヲモツタコト

ちなみに、 PTA会長 を含む PTA会員 が発する文書を、学校で配布するかどうかは、学校または教師の裁量に属することだ。念のため。

*4:その e-mail はこんなの。
3年2組 PTA学級通信 の配布についてお願い - 石田のヲモツタコト
Re: 子どもに持たせたお手紙について - 石田のヲモツタコト
鶴一小PTA の現状について、みなさんのご認識を教えてください - 石田のヲモツタコト

*5:ちょっと「やんごとなきお方」扱いしてる感はある。けど、 e-mail が苦手な方だと、 20人 くらい居る学級代表委員全員と、 e-mail のやり取りをするのはイヤってことも、そうおかしなことではないと石田は考えてる。

*6:石田が PTA本部役員 の方に送った e-mail (2014年4月26日送信) - 石田のヲモツタコト

*7:PTA学級通信 を書いて発するなんて面倒なことは、誰もしたくないから、むしろそういうものは出しにくい方が、多くの方にとって好都合なのだろう。石田は主に、今の PTA のあり様が、多くの保護者―特に母親である保護者の方にとって好ましくない状態であることと、 小学校PTA と小学校の教員が、『子どものお手本』としてダメであることに、問題意識を抱いたので行動している。そして、そんなことしようとする石田は、極めて珍しい父親なのだと自覚している。

一時的に非公開にしていましたが再開します

 2014年7月2日 の夕方に、いったん取り急ぎ非公開にしました。脅されたとか、不当な介入や圧力とかではなく、石田自身の意志でしたことです。この詳しい事情は、公開しません。

 いくつかのエントリを削除し、一部のエントリ本文を修正して、再開可能と判断したので、 2014年7月25日 の夜に再開しました。

 石田のやり方には、いろいろ間違いがありました。そのやり方では、石田が意図しないところで傷つく方があることに、石田の想像力が及びませんでした。このことを、深く反省しています。ご迷惑をお掛けしたみなさまには、素心からお詫び申し上げます。申し訳ありませんでした。

 石田は、公開しても構わないことだけを公開すること、怠りなく努めていたつもりでした。しかし、今回はそれが充分ではありませんでした。石田は、世間に公開せずに当事者だけで話しあって解決する努力をし、それを充分に尽くしたと判断した上で公開していました。しかし、後から自分がしたことを省みて、公開する前にもっとできることがあり、それをすべきだったことに気づきました。それから「これは公開すべきことだから、石田が任意に公開します」と、その当事者に伝える際、「プライバシーと密接に関わる事柄は、その『公開すべきこと』には絶対に含まない」ことを、明示的に伝えていませんでした。これらの点について反省し、今後、繰り返すことが無いよう、厳に努めます。

 削除したエントリでは、多数のコメントを頂き、議論が継続していたものもありました。これを削除すること、コメントを書いていただいた方にはたいへん申し訳なく思います。必要であれば、コメント欄で使っていたハンドルネームを添えて、 e-mail でご連絡いただければ、コメント本文を e-mail でお返しいたします。石田からこのようなことをお願いできる筋合いは無いことは重々承知しておりますが、そのコメントを再度公開しないことをお願い致します。これは、主に石田でない方の利益のためであること、詳しく説明はできませんが、ご理解いただければ幸いです。

 今後いただくコメントであっても、削除したエントリの内容と深く関わるために、公開しておけないと石田が判断したものは、石田が非公開にする場合もあること、予めご了承願います。このため、議論の一部は打ち切らざるを得ない場合があります。たいへん申し訳ありませんが、ご諒解いただけましたら幸いです。

 削除したエントリのうち、いくつかは、再び公開することはない見込みです。いくつかは、上述した「当事者だけで話しあって解決する努力」を尽くした後に、必要に応じて再度公開します。

 エントリを削除する作業の過程で、削除すべきでないものを誤って削除してしまった物がいくつかあります。それらは復旧したのですが、その一部は URL が変わってしまいました。復旧するエントリに、いただいていたコメントは、本文の後方にそれとわかるように付記して復旧しました。*1

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石田剛 IshidaTsuyoshi

*1:この際、マルチハンドルで意味不明瞭なコメントを繰り返していた方のコメントの一部を、復旧しませんでした。

石田の名前で出すおてがみに朱書きする小学校

 小学校PTA のワンダーランドっぷりに、電波浴に似たどんより感を、継続して感じる今日このごろだが、小学校自体もまったく負けてない。*1


 想像してみてほしい。あなたは上司でも親でもない赤の他人から、あなたが書いた手紙について、表現方法や、何を書いて何を書かないかについて、指図されることがあるだろうか。石田は、中学校を卒業して以来 20年 以上の間、そんな不思議な体験をしたことは無かった。*2

 もちろん、石田が仕事で出す手紙について、上司の指示を受けることは普通にある。上司に確認を求めて、なおすこともある。これは、組織で仕事してて、石田が言えば石田が属する組織が言ったことになるという前提を受け容れてやってることなんだから、なんの問題も無い。これが、石田個人が言ったことにしかならないのでは、仕事にならない。

 他に、石田が書いた手紙に、誤字や日本語表現としての誤りや、複数の解釈ができてしまい、どれのことを言っているのかわからない場合などに、それを指摘していただけるなら大歓迎だ。*3


 石田はおてがみを書いた。そのおてがみは、 PTA学年代表 である石田から、こんど小学校でやる自転車安全教室に、協力していただける保護者の方々にあてた物だ。*4

 

 これを、学校で配って欲しい旨、 息子2(小3) の担任の先生にお願いしたところ。コピーに朱書きしたものを返してきて、連絡ノートに『訂正をお願いします』と書いてあった。


 その朱書きによると『訂正』箇所は 5箇所 だそうな。内 3箇所 は単純に削るだけ。さあ、どこが『訂正すべき誤り』なのかお分かりになるだろうか?

 石田は『訂正』について、はっきり「断る」と伝えた。その理由として、「石田の名前で出す手紙について、指図される筋合いは無い」旨もはっきり書いた。その上で、「しかも『訂正』はおかしいだろ。せめて『変更』って言えよ」との旨を伝えた。

 そしたら、担任の先生から連絡ノートで「失礼しました。変更してください」と伝えてきた。石田は当然に「断る」と回答した。石田が断った理由は上に書いた通りだ。その回答文は手書きでたった 4行 の短いもの*5だった。この教員は、その短い回答文から「『訂正』ではなくて『変更』と言うべき」ということは読み取れたのだが、石田が断った理由は読み取れなかったらしい。

 二度目の「断る」の後、今度は副校長が、連絡ノートに「変えていただくようお願い申し上げます」と書いてきた。石田は当然に「断る」と回答した。ということは、たまたまヘンな教員が担任だったってことではなく、各担任の管理職である副校長が、そもそもおかしいということらしい。


 なんで、こんな非常識な『お願い』をされて、しかも三度も断らなければならないのか。石田は最初に断った際に、断る理由を明示した。その理由について、「その理由はおかしいから、やっぱり変更してよ」とか言うならまだわかる。石田が述べた理由には、一言も触れないまま、ただ「変えて」って強弁し続けるのは、石田に「断る」と回答させたいからなのだろうか。

 本当に、この小学校は不思議ワールドだ。

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石田剛 IshidaTsuyoshi

*1:特定しておかないと、他の小学校の教員の方や、 PTA関係者 の方に迷惑がかかるおそれがあるので特定しておく。これは町田市立鶴川第一小学校での出来事で、事が起こったのは 2014年6月 だ。

*2:小学校や中学校では、作文を直されたりもきっとしただろう。けど、はっきり「そういうことがあった」とは思い出せない。作文が大嫌いだったし、作文の宿題をやらなかったりしたことは、はっきり覚えてる。

*3:このブログのコメント欄とかでも、そういうことはあり、石田は、その都度「ありがとうございました」とか、経緯によっては「失礼しました」とか述べて訂正や追記をする。逆に、石田が他人の誤りを指摘することもある。そういう時は、一部の例外の方を除く非常に多くの方が、石田と同じように「ご指摘ありがとうございます」と応じる。石田は学校が校長の名前で出すお手紙に、日本語表現の誤りを見つけて、朱書して指摘したこともある。実は、小学校から届くお手紙には、そういう誤りがやけに多い。例えば、「格差が軽減する」とか「軽減に至る」とか。他にはこんな例『2014/04/17追記 自分で考えて判断し、行動しよう! - 石田のヲモツタコト』もあったな。子どもに国語を教える上で、不都合がありそうなことが気がかり。

*4:会長との連名にしてあるのは、 PTA保険 を適用するため。連名に PTA会長 の名前を含んだ手紙があれば、確実に PTA の行事として認められるから。

*5:実際にはこう書いた。
『これは石田の名前で出す手紙です。
そのような指図をうけるすじあいはありません。
しかも「訂正せよ」とは、なにさまのつもりか。ふつうこういう場合は「変更してください」と言うものだ。』

鶴一小PTA の現状について、みなさんのご認識を教えてください

 石田が 2014年6月5日 に返した e-mail*1 を送信した後、特に本部役員の方から応答は無かったが、その翌日(2014年6月6日)に石田からもうひとつ e-mail を送った。*2

 読み返して、さすがに辛辣な表現がやりすぎだったと感じた。こういうやり方は上手くない。反省している。今後は気をつけよう。

PTA本部役員のみなさま


 おはようございます。
 第3学年 学年代表 石田です。


 運営員会の議題にするにせよ、メールその他で話しあうことにするにせよ、まずは現状を明らかにする必要があります。そのために、 鶴一小PTA について下記の点をご確認願います。それぞれ「はい」か「いいえ」または「わからない」でご回答願います。



Q1 先の運営委員会でお話のあった、文書について PTA会長 の承認を得る手続きは、学級代表の名前で発する PTA学級通信 など、 PTA会長 の名前で発するのでない文書においても、踏む必要がある。*3


Q2 上記 Q1 の回答(A1)が「はい」の場合、それは 鶴一小PTA 内部で定めたルールである。


Q3 上記 Q1 の回答(A1)が「はい」の場合、それは 鶴一小PTA と学校が合意することによって定めたルールである。


Q4 PTA学級通信 は PTA会長 との連名で発しなければならない。


Q5 上記 Q4 の回答(A4)が「はい」の場合、それは 鶴一小PTA 内部で定めたルールである。


Q6 上記 Q4 の回答(A4)が「はい」の場合、それは 鶴一小PTA と学校が合意することによって定めたルールである。


Q7 PTA会長 には PTA学級通信 の配布を学校に依頼することを差し止める強権がある。


Q8 その強権は PTA会員 がもともと持っている権力に由来している。*4


Q9 その強権は、鶴一小PTA と学校が合意することによって付与された強権である。



 ご回答は、本部のみなさんで集約することなく、個別にみなさん個々の認識をご回答願います。一般に PTAは「すべての会員が同じ権利を有し、同じ義務を負う」団体であることに鑑みれば、一部の集団で意見を集約してから述べるのは、極めて不適切であること、ご理解願います。


 石田は下記のように理解しており、そうでなければ 鶴一小PTA は、子どものお手本として、また民主主義を学び実践する団体として、保護者の学びを促す団体として、ものすごくダメだと考えています。



A1 いいえ
A2, A3 回答なし


A4 いいえ
A5, A6 回答なし


A7 いいえ
A8, A9 回答なし



 民主主義や PTA 一般について、みなさんにレクチャできるほど石田は暇ではありませんので、そういう事をご存知でないなら、中学校の公民の教科書を読み返すか、図書館やネットで調べるとかしてください。


 PTA 一般については、 「PTA再活用論」 川端裕人 クラレ が参考になります。ただし、石田はこの本の主張すべてには同意していません。*5


 民主主義については、中学校の公民の教科書が、たぶんいちばん参考になります。「自由論」 J.S.ミル も、重要な本ですが、中学校の公民で教わる内容を理解していない方には、この本は難解だと思います。


 ただし、反省しているのは「上手くなかった」ことであって、内容や表現に問題があったとは考えていない。「もっと、うまくやるべきだったなぁ」ってヲモツテるだけだ。

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石田剛 IshidaTsuyoshi

*1:Re: 子どもに持たせたお手紙について - 石田のヲモツタコト

*2:タイトルおよび本文にある 鶴一小PTA は、町田市立鶴川第一小学校に通う子どもらの保護者が入会している 鶴川第一小学校PTA のこと。 一字下がりを加え、些細な誤字の類を直したほかは全文。脚注は、このエントリにするときに補ったもの。

*3:石田は、その運営委員会に出席し、資料も読んだし説明も聴いたが、それは明らかに「PTA会長 の名前で発する文書」の話しかしていなかった。だって、「必ず PTA会長 の名前を書くこと」って明記してあったし。

*4:もちろん石田は、そんな強権は誰も持っていないと理解している。

*5:同調傾向が強い性質を指して、「協調性が高い」と述べているくだりがある。これには同意しない。

石田が PTA本部役員 の方に送った e-mail (2014年4月26日送信)

 去る 2014年4月26日 に、石田が PTA本部役員 の方に送った e-mail を公開します。公開するにあたって、その e-mail の送信後に、「これは不適切な表現だった」と気づいた箇所、 7字 を削りました。

 本部役員の方からは、「検討してみます」という旨の回答を頂きました。この回答の e-mail は、極めて短いものでしたが、その文面からは本部役員の方の誠意を感じました。

たびたびすみません。一点、お願いがあることを忘れていました。石田の手元にある会則には、「父母」という言葉がたくさん使ってあります。もし、今もあるのであれば、これはぜひとも「保護者」に変えてください。保護者が父母でない子どもは、たくさんいます。そういう子どもらのことも気にかけている大人が、 PTA に居ることを示すために、これはぜひとも必要なことです。
石田剛


see:
https://twitter.com/IshidaTsuyoshi/status/475228871218839552
https://twitter.com/IshidaTsuyoshi/status/475230187857002496


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石田剛 IshidaTsuyoshi

Re: 子どもに持たせたお手紙について

 先に公開したおてがみ、「3年2組 PTA学級通信 の配布についてお願い - 石田のヲモツタコト」には、ずいぶん長いこと返事が無かった。が、数回のリマインド*1の後、ひと月ほど経ってから、なぜか紙のおてがみで、しかも 息子2(小3) 経由で、お返事*2を受け取った。おてがみの最後には、差出人として「本部一同」と書いてあった。

 そのお返事に曰く「メールだと内容がわかりかねます」とのこと。そのうえで「運営委員会の議題にしてはいかが?」との旨が書いてあった。

 それで、石田が 2014年6月5日 に返した e-mail がこれ。一字下がりを加え、些細な誤字の類を直したほかは全文。脚注は、このエントリにするときに補ったもの。

PTA本部のみなさま


 第3学年 学年代表 石田です。
 こんにちは。


 2014/6/2付け で頂いたお手紙に、「メールだと内容がわかりかねます」とありました。


 石田は、そのような難解なことを書いた覚えはありません。石田が書いた内容を理解するために必要な予備知識は、中学校の公民で習う程度のことしか無いはずです。再読の上、本部の方のご意見を、メールで伺えれば、石田が web に公開しますので、他の委員のみなさまにも閲覧可能になりますから、メールで意見交換することなんの不都合もないはずです。


 もし、本当に意味がわからないのであれば、その箇所を明示して、他の言葉で説明することを促したり、「ここは、こう解釈したが良いか」といった応答をする事で、意味をより明瞭に伝えることもできます。


 書いたことを読んで、意味がわからないのに、同じことを運営委員会で話せば意味がわかるなどということは、普通に考えてあり得ません。メールを読むなら辞書を引きながら読むことも、 PTA のあり様について公開されている公的な文書の類を参照しながら読むこともできます。そのようにするのが、より合理的です。そうしないのは、みなさんに石田の意見を読み取ろうとする意志が無いからです。そのような方々と顔を合わせて議論しても、時間を浪費するだけです。


 以上のことから、この場合においては「運営委員会で取り上げる」は良い解決策でないことは明らかです。引き続き、メールでのご回答をお待ちしております。そこで議論を尽くし、充分に論点を整理してから運営委員会で取り上げるのが、最善と考えます。


 わずかな回数しかなく、 1回 の時間も極めて短い運営委員会だけで十分な議論を尽くすのは、物理的に不可能です。運営委員会は、とても多くの方が、忙しい中で時間をやりくりして集まってくださっていること、本部のみなさんもご存知のはずです。そういう委員会で、いちから意見交換を始めるのは、極めて不経済であり、集まってくださったみなさんにとって、極めて迷惑なことです。委員会が済んだら、その足で出勤する方*3もいらっしゃること、本部のみなさんもご存知でいてください。

 まあ、中学校で習うことを理解していないおとなはたくさん居る。*4けど、小学校の校長と副校長が、この程度のことを理解していないなんて、すごくだめだと思うんだ。

--
石田剛 IshidaTsuyoshi

*1:「しつこく返事を催促した」とはとうてい言い難い程度の回数。たぶん、 2-3回 だったはず。

*2:おてがみの内容は、まったくのプレーンテキストで表現してあるものだった。つまり、これを e-mail でなく、紙で送るべき理由はまったく無い。サインや、印鑑があったわけでもない。にもかかわらず、子どもにこれを届けさせたのは、つまり、子どもをパシリに使ったってことだ。本部役員の方には、別便の e-mail でその旨を伝えて、今後、石田の子どもに限らず、どの子に対しても、そのようなことを一切やらないようにお願いした。紙で送るのが合理的な場合はあるから、そういう場合は子どもに持たせても構わない旨も付記した。

*3:石田もそのひとりだな。

*4:小学校の 4年生 で習う、消防団のことをすっぱり忘れてるおとななんてザラに居る。まあ、これは、教えてる側の教員の多くも、理解はせずに教科書読んでるだけなんだからしかたない。