石田のヲモツタコト

書いてるのは 石田剛 です。

【重要】まずは「石田のヲモツタコト」の中の人と「その他の石田」の分離を読んでください。

「日本語の乱れ」って日本語として間違ってないか?

自然言語は社会の広範な合意によって成立するのであって、規律で成立するのではないと石田は考えている。だから自然言語としての日本語は常に変化し続けるのが自然だと石田は考える。この変化を「日本語の乱れ」と呼ぶのは、石田は日本語として間違っていると考えるが、どうもこれは社会で合意が形成されつつあるようだ。このことにはちょっと「やれやれ」と感じている。
石田はいわゆる「ら抜き言葉」や、「全然」の後に肯定形の言葉が続くのは、日本語の変化として合意が形成されていると考えている。石田はこれらを良く使う。逆に「食べれる」といっても意味がわかる場合に「食べられる」と言うと、冗長である上に意味の解釈が難しくなり、好ましくないと考えている。「食べられる」は、「食べることが可能」という解釈のほかに、「食べる」の受動態とか、「召し上がる」の意味でもありうるからだ。