石田のヲモツタコト

書いてるのは 石田剛 です。

【重要】まずは「石田のヲモツタコト」の中の人と「その他の石田」の分離を読んでください。

コメント 通りすがり(2007/03/29 09:56)さま への応答の続き

# 2007/03/31 ちょっとなおした
コメント 通りすがり(2007/03/29 09:56)さま への応答の続きです。

ちなみにサイボウズのそのサイトは、サイバーエージェントサイボウズ合弁会社サイボウズドットネットという会社が運営しています。
まあ、PJか、PJニュースかなんてどっちでも良くて、尚且つ個人が出すニュースには主観が多くビジネスにおいてエンタメ扱いでないとユーザーは勘違いしますよね。

通りすがり(2007/03/29 09:56)さま。コメントありがとうございます。
この場合、サイボウズドットネットが「PJ」と表記するか「PJニュース」と表記するかは、サイボウズドットネットの勝手なんだと、石田は考えています。そんで、それがPJニュース側で気に入らなければ、抗議したり記事の配信をやめるのも、PJニュースの勝手なんだと石田は考えます。
とすると、名称誤記の問題は当事者間で話し合いでも怒鳴りあいでも勝手にして解決すれば良い問題で、「報道」する価値がある内容かは、石田は疑問に感じました。もっとも、元の記事でもこのことは記事の主題ではなくて、大森勇三氏はサイボウズドットネットの「何でも掲載していればOKみたいな態度」への批判を記事にして述べたのだと、石田は理解しています。


「個人が出すニュースには主観が多く」というご指摘はもっともな面もあります。けど、これは「個人が出すニュース」に限った話ではないと、石田は考えていています。
記者の主観が混ざってない記事なんて、石田はどこにも存在しないと考えています。たとえば、事実だけを淡々と述べる記事であっても、どの事実を書いてどの事実を省くかの判断は、記者またはデスクがしているはずです。
重要なことは、「事実と見解を分けて書くこと」と「見解はそれと明示して書く」ことだと、石田は考えています。見解として述べるべきことを、あたかも事実であるかのように述べるのは、ダメ*1だと考えています。石田の印象では、新聞には見解を事実であるかのように述べる文章が、しばしば見られる*2と感じています。


結局、主観の混ざらない記事はあり得ないので、新聞読む人もテレビのニュース見る人も、記者の主観が混じってる可能性を考慮して、情報を読み取る必要があるのだと石田は考えています。

*1:実は、石田は過去に書いた記事で、この禁を意図して破ったことがあります。石田の普段の書き方を曲げて、洒落でいかにも新聞風に書いたら、「見解を事実であるかのように述べる文章」になってしまいました。参考:

*2:例を探して列挙するのは面倒だからパス。