石田のヲモツタコト

書いてるのは 石田剛 です。

【重要】まずは「石田のヲモツタコト」の中の人と「その他の石田」の分離を読んでください。

水先案内人と書評などについて、ぼーっと考えた

# 2007/07/12 不要な引用を 1行 削除
# 2007/07/04 誤字訂正 言うこと→ゆーこと(1箇所)
石田も、読む本を決めるときに、他人の書評を参考にする。しばしばアタリの本を勧めてくれる方にも、何人か心当たりがある。けど、石田はそれらのお勧めとは無関係な本もたくさん読む。これは単に、もっとたくさん本を読みたいからというのが主な動機だ。けど、もうひとつ大事な動機があって、特定少数の人が薦める本ばかり読んでると、その特定少数の人々の影響を受けすぎて、自分が偏っていくのがイヤだとも考えている。


なんでいきなりこんなことかいてるかとゆーと、こんなの見かけたからだ。

早い話が、様々な分野で信頼できる水先案内人を持っていると便利だということです。
たとえばぼくは、作家の沢木耕太郎の映画評を信頼し、彼の推薦作を観て期待を裏切られたことは、(あまり)ありません。

本来の水先案内人は、航海において特に通過が難しい地点を通過する際、その地点の地形や気象に精通した方を船に乗せ、船長がその意見を参考にする人のはずだ。もちろん、ここには信頼関係がとても重要だ。なんせ、水先案内人の意見がまちがっていれば、乗員の命に関わるわけだが、その正誤を確認している暇は無い。こんなときは信頼するしか手段は無い。
けど、映画評は「信頼する」よりも「参考にする」の方が適切だろう。見せられた映画がつまんなかったところで、 2時間 ほどの時間を失うだけだ。映画館じゃなくて、家でビデオ見てるんだったら、途中でやめたって良い。


うーん。なんか重箱の隅をつついてる気もしてきた。
まあ、石田が言いたかったのは、「必要もないのに軽々に信頼するな」ということ、ただ参考にする場合と、その意見を信頼することは、大きく違うとゆーことだ。
毒食らわば皿まで。ついでにもちょっと隅をほじくっちゃえ。

近代の扉をこじ開ける切っ掛けとなったものの一つに、羅針盤の発明が挙げられます。
これによって西洋人は、ヨーロッパから遥遥と大西洋、太平洋へと乗り出すことが可能となり、遂には、東洋をも彼らは我が物とすることに成功したのでした。

羅針盤大航海時代が始まるずっと前から、中国で発明されて使われてたはず。この羅針盤が中国からヨーロッパにもたらされた出来事が、「三大発明」のひとつに数えられていることにはちょっと違和感を感じる。まぁ、もしかしたら「発明」ってのは誤訳だったり、日本語の「発明」とはちょっと意味が違ったりするのかも知れんが。
ついでに羅針盤のほかに外洋航海の航法には、「常にグリニッジの時刻を指す時計」と「六分儀」が必須だ。このふたつは、たぶん西洋で発明されたんだろう。


ついでに脱線。

穂村が『ちくま』に連載している「絶叫委員会」15で、甲本ヒロト作詞の「リンダリンダ」を採り上げていました。

この詩は石田も大好き。あと甲本ヒロト作詞じゃないようだけど、同じ THE BLUE HEARTS の、「君のため」の「地球が砕けても、カネがなくても離さない」(意訳)ってところも好き。