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石田のヲモツタコト

書いてるのは 石田剛 です。

石田の考える「機会均等と地位の同等」と、現存する「ある男女差別」について考えた

# 2007/11/08 誤字訂正 関わらず → 拘わらず
# 2007/09/20 携帯電話端末のキャッシュから復旧した(ついでにちょっと直した)
# 2007/09/21 誤記「となるある可能性」を直すついでにちょっと推敲した


「日系ビジネスオンライン」のコラム「女性差別の根源はここにある」読んだ - 石田のヲモツタコト」で触れた、「【第6回】女性差別の根源はここにある:日経ビジネスオンライン」読んでヲモツタコトについて、現時点での石田の結論をまとめた。


仕事の現場における、男女差別は精神論では決して解決しない。このことは、おそらく「仕事の現場」に限った話ではない。
合理的な経営においては、優秀な女性の意欲を削いだ結果、社会が被る損失について十分かつ妥当に考慮するべきだ。「十分かつ妥当」は、言うは易く行うは難い要求だが、合理的な経営においては常に求められている。
「貢献した人が出世しているはず」という前提は、現状では合理的でない可能性が高い。
合理的なビジネスパーソンは、ビジネスの合理性を最大限重視して行動するべき。したがって合理的なビジネスパーソンは、「同窓を優遇する」という行動は採らないはずだ。
自分の仕事の質を高める努力は、性別に拘わらず全ての方がするべきだ。この努力には、自分の仕事内容や、訓練機会に影響を与える方に、自分の意志を伝える作業も含む。伝えられた方は、伝えた方の性別を考慮せずに済む状態であるのが望ましい。
いわゆる「ムラ社会」の作用によって生じる害は、「ムラ社会」の作用によって解決はしないだろう。この方法で解決を試みても、おそらく「ムラ社会」での集団の相関をより複雑にするだけだろう。個人の言動を評価する際は、その個人が属している集団や、その個人の属性にとらわれない評価*1をするべきだ。これを促すために、「ムラ社会」の作用を利用することは、おそらく効果的でない。

*1:ただし、その個人がある集団に属するための言動をしているならば、それはその個人の言動として評価すべき。念のため。