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石田のヲモツタコト

書いてるのは 石田剛 です。

科学と妄想の双方が備える「無限の可能性」について

石田が kikulog にコメントした「無限の可能性」についてちょっと考えた。

(【重量注意】DSLな方は踏まないのが無難)

石田は科学と妄想はいずれも、無限の可能性を備えていると考えています。


参考:11th of September - kikulog (#496. 石田剛 ― September 20, 2007 @22:01:08)
(【重量注意】DSLな方は踏まないのが無難)


無限の可能性 - 科学の場合
宇宙の姿, ふるまい, 原理, 真実 に人類はどのくらい近づくことができるか。この近さが無限。


無限の可能性 - 妄想の場合
宇宙の姿、ふるまい、原理、真実、からどのくらい遠ざかることができるか。この遠さが無限。


無限の可能性 - (ついでに)フィクションの場合
人類が科学によって宇宙を全て理解した後、科学は重要な転換をする。科学は 宇宙の姿, ふるまい, 原理, 真実 を改造する手段を探求し始める。そしてついに、非常に発達した科学によって、無から宇宙を作り出す力を手に入れた人類は、「空飛ぶスパゲティ・モンスター」を創造した。


妄想も、楽しめるフィクションである限り、人類にとって重要だ。
科学っぽいフィクションに「ワンダー」があれば、それはたぶん SF なんだろう。無ければただの駄文だ。その判断は読んだ方が個々にすべきだ。