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石田のヲモツタコト

書いてるのは 石田剛 です。

日本人類遺伝学会 第52回大会:市民公開講座 聴講レポート 「遺伝子検査と社会」の2(完結)

# 2007/10/04 誤記訂正 その人のみにかかわらず → その人のみにとどまらず
# 2007/10/04 誤記訂正 その結果は当然に → その結果責任は当然に
日本人類遺伝学会 第52回大会:市民公開講座 聴講した - 石田のヲモツタコト」で触れた公開講座の、聴講レポートのよっつめ。高田史男氏(北里大学)による「遺伝子検査と社会」の聴講レポートその2。

肥満遺伝子の検査ビジネス

すでに、肥満遺伝子について調べてくれるサービスを始めている業者が居る。けど、その宣伝文句はちょっと科学的に正確でない物があるようだ。例えば「肥満に関する遺伝子は全部で 3個 あり、その 3個 全部を分析します」と謳っている業者があるが、肥満に関する遺伝子は現状でざっと 20個 程度既知になっているはず。この数は、今後も増えていくだろう。

親子鑑定ビジネス

親子関係の鑑定をする業者で、 16箇所 の遺伝子を分析することで、確実に親子関係を特定できるような宣伝をしているケースが見られる。しかし 16箇所 では、親子かどうかの鑑定は確率論でしかできないので、「確実に」は正確でない。
本人の同意無く、親子鑑定をしてくれる会社もある。しかも、鑑定した事実は、鑑定された本人にも秘密にしてくれる。
おぞましいことに、羊水から親子関係を検査してくれる業者まである。こうする目的が何であるかちょっと考えれば、それはとてもおぞましい目的だろうと推測できる。

分析ビジネスの問題点

今のところ、分析の品質保証が個々の業者任せで、その品質が十分に高いかの検証が難しい。また、得た分析結果について、デタラメな解釈をして解説してくれる業者もある。
3-16個 という、極めて少数の多形を調べて、病気へのかかりやすさを解説する業者まである。この程度の少数の分析で、その業者が説明している内容まで「わかる」とう主張は、科学的根拠が無い可能性を疑うべき。

遺伝子差別の可能性

ある特定の 1人 の遺伝子を分析すれば、その人のみにとどまらず、その血縁者が同じ遺伝子を持っている確率までわかってしまう。つまり、分析する本人のみでなく、その血縁者の利害にも関わることになる。このことに、十分な注意を払うべき。
差別として、真っ先に思いつくのが結婚における差別。将来生まれてくる子供に、配偶者の遺伝子が伝わるのであるから、ここで不利そうに見える遺伝子を持つ者を不当に排除しようとする力が作用する可能性はあり得る。日本の社会のように、「血液型性格診断」などという根拠の無い言説が流布する社会では、遺伝子に関する誤解から、差別が生じる事態は、より起こりやすいだろう。

石田のヲモツタコト(その1ともまとめての石田の所感)

日本人類遺伝学会 第52回大会:市民公開講座 聴講した - 石田のヲモツタコト」で述べた件は、あっちを読めば良いだけなので省略。
遺伝子分析の工業化は、必然的な出来事だろう。これによって分析のコストが下がり、より多くの方が科学の成果を享受できるようになるべきだ。ただし、科学の成果を社会に適用する際は、単に「できるからやる」ではなくて、そのことが社会に及ぼす影響について、十分かつ妥当な検討をする必要がある。安易な適用は、誤解に基づく差別やいびつな出産の制御など、いろいろとおぞましい結果をもたらしそうだ。
医療の自己決定の流れも当然に必然だ。大人の健康の責任者は本人であり、子供の健康の責任者は親だ。医師や科学者やカウンセラーは、責任者に助言したり専門の技量で処置を施すだけに過ぎない。意思決定は責任者がしなければならず、その結果責任は当然に責任者が負う。
もちろん、医師などの専門家の処置や助言に問題があり、その結果損害が生じたのであれば、その責任を医師などの専門化が負う事は当然にある。けど、専門家に過大な責任を押し付けてはならない。これをやると、生死を分ける現場で働く方は、不当に大きなリスクを負わされることになる。その結果「社会にとって必要な仕事だが引受けてくれる人が居ない」状況が生じれば、これは社会にとって大きな損失になる。


参考:
日本人類遺伝学会 第52回大会:市民公開講座 聴講した - 石田のヲモツタコト
日本人類遺伝学会 第52回大会:市民公開講座 聴講レポート 市民と確率編 - 石田のヲモツタコト
日本人類遺伝学会 第52回大会:市民公開講座 聴講レポート リスク評価編 - 石田のヲモツタコト
日本人類遺伝学会 第52回大会:市民公開講座 聴講レポート 「遺伝子検査と社会」の1 - 石田のヲモツタコト