石田のヲモツタコト

書いてるのは 石田剛 です。

【重要】まずは「石田のヲモツタコト」の中の人と「その他の石田」の分離を読んでください。

読売社説(2007/10/14)が都合良すぎる件

YOMIURI ONLINE(読売新聞)に載った 2007/10/14付け の社説はいつもどおり 2本立て だ。それぞれ集団としての『日本の有権者』の、あるふるまいを前提にしている。けど、 2本 の社説でそれぞれ、意見を主張する側(読売新聞)に好都合な前提をしているような気がする。

 行政の腐敗や業界との癒着など、首長の多選の弊害は長年、指摘されてきた。特に、近年は地方分権が進み、知事らの権限は一層強化されている。昨年は、福島、和歌山、宮崎の3県知事が収賄容疑などで逮捕された。岐阜県では、巨額の裏金問題が発覚した。
 多選禁止は、腐敗などを防止する有力な手段だ。知事が交代すれば、人事の偏りを排して風通しを良くし、組織の活性化を図る効果も期待できる。


まずこっちでは、「多選の弊害はとっくに既知なのに、『日本の有権者』は選挙で多選を排除できない」ことを前提にしている。
この前提は、石田が理解している『日本の有権者』のふるまいと一致している。けど、本当は法や条例ではなく、選挙で有権者の明示的な意思として、多選を排除できるようになるのが好ましい。

 「裁判員が予断や偏見を持たぬよう、事件報道の際には様々な配慮を求めたい」
 新聞、放送、雑誌などの記者が大勢集まったマスコミ倫理懇談会全国協議会の大会(9月、福井市)での、最高裁刑事局・総括参事官の講演に、参加者たちは驚いた。
 裁判員制度が2009年春に導入される。それに備え、法曹界は今、新聞メディアなどに事件報道の抜本的見直しを求めている。「個人的な意見」とはいえ、参事官の講演は、初めてその具体的内容を公にしたものだった。
 指摘の第一は、「捜査機関からの情報を、あたかも事実であるかのように報じるべきではない」という点だった。
 これは当然のことだ。多くの新聞メディアは、過去の誤った報道の反省から、警察などの取材だけで特定の人物を犯人視するような報道は厳に慎んでいる。
 問題は、被疑者の「自白」や前科、生い立ち・対人関係などに関する報道、事件についての識者コメントなどが、裁判員となる市民に「被疑者イコール犯人」という予断を与える恐れがあるとして、事実上、自粛を求めたことだ。
(中略)
 市民は報道に“汚染”されやすいという決めつけ自体、裁判員に対する法曹三者の偏見ではないか。市民の健全な常識を裁判に反映させることが、制度導入の趣旨だったのではないか。


こっちでは、「『日本の有権者』は報道を鵜呑みにせず、報道に“汚染”されたりはしない」ことを前提にしている。
この前提は、石田が理解している『日本の有権者』のふるまいと一致していない。


このふたつの前提で示された性質を、同時に備える個人は居るかもしれん。けど、集団としての『日本の有権者』が、この性質を同時に備えることは無さそうな気がする。


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