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石田のヲモツタコト

書いてるのは 石田剛 です。

re: 基本的な所が間違ってますが。

電波 議論

# 2007/11/11 誤字訂正 無かろうと → なかろうと


http://atom11.phys.ocha.ac.jp/bbs01/msg.php?mid=25125&form=tree」に書いた、石田の発言をここにも書いておく。以下の、石田の発言中の「ここ」とは、「水商売ウォッチングの掲示板」のこと。


以下、石田が書き込んだ発言の本文。
===


かとうさん が、どのような「社会学の基礎」を身に着けておいでなのかは、石田にはわかりません。どうも、 かとうさん のおっしゃる「社会学」は、石田が理解している「社会学」とは別物ではあるようです。


石田は、国家が国民(および外国人)に負う義務の話は、最初からしていません。石田がしているのは、社会を構成する市民が、どうふるまうべきであるかという話です。
「信教の自由」や「表現の自由」などの自由は、法(日本国憲法を含む)によって担保されているのではありません。これらの自由は、社会を構成する市民の多数が、他者の自由を損なうべく行動すれば、容易に画餅にすることができます。そのような企みには、石田は与しないし、むしろそれに反対の立場で発言します。かとうさん が引用された、『他者の「信教の自由」と「表現の自由」を損なうと、石田は考えています。』との石田の発言は、その一例です。


apjさんが、ここの管理について強権を持っていることと、社会における「表現の自由」は、ほぼ無関係です。ここで仮に apjさん が不適切な「管理者削除」をしたとして(石田の知る限りしてませんが)も、よそでそれを指摘して議論することは可能なわけです。
ところが かとうさん は、一般論として「宗教的な言い回しのパロディは、公の場所では気をつけた方がよろしいかと。」とおっしゃられたわけですよね?これについて、石田の解釈が誤りだとのご指摘がなかったので、その解釈は石田の読み違いではなかったのだと理解しました。もし、この かとうさんのご意見に同意される方が、社会の大多数を占めるようになれば、社会における「表現の自由」はたとえ憲法に何が書いてあろうとも、大きく損なわれることになります。かとうさんの発言は「パロディ」に対してなので、「信教の自由」に直接の脅威ではありませんが、間接的な脅威にはなり得ると石田は考えています。この間接的な脅威の説明は、面倒なので省きます。


以下は、改めて書く必要も無さそうな気がしますが、いちおう石田の立場を明示する為に書いておきます。
石田はここの管理に apjさん が強権を持っていることに同意しています。
一般に、ある宗教を信じる方に、その宗教から離れるように説得するのは、する方の自由です(もちろん、説得される側には、説得を拒否する自由があります)。その「する方」が宗教家であろうとなかろうと関係ありません。こういう言動に対して、石田が『「信教の自由」が守られていない。』などと言ったことは、無いはずです。