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石田のヲモツタコト

書いてるのは 石田剛 です。

文章表現論 お題:偽 タイトル:「僕も偽物サンタクロース」

教育 文章表現論2007

# 2008/02/13 タイトルの誤記訂正 「お題:嘘」 → 「お題:偽」 失礼しました。


 ついこの間、幼稚園から帰ってきた息子が僕に向かって、興奮気味に「幼稚園にサンタクロースが来たんだよ」と報告してくれた。僕は彼に「そのサンタクロースはニセモノだよ」と告げた。
 妻は、子供の夢を壊すようなことを言うなと苦情を述べる。けど、僕は子供に嘘はつかないことにしているのだ。僕はさらに「本物のサンタクロースは赤い服なんか着てないし、白いひげのおじいさんでもない、そりに乗って空を飛んだりもしない。サンタクロースはみんなが寝てる間に来るから会うことはできないけど、クリスマスには必ず来るよ」と続けた。僕は嘘はついていない。


 12月24日の夜、子供たちが寝付くと、僕はそっと寝床を抜け出す。そして、予め子供たちに買っておいたプレゼントを枕元に並べるのだ。
 子供たちが目を覚ますと、寝入るときには無かったプレゼントが、魔法のように枕元に出現している。子供たちは顔を輝かせて「サンタクロースが来たんだよ!」と喜ぶ。


 子供たちがもう少し大きくなって、僕の小細工に気付くときが来るかもしれない。彼らはきっと少しはがっかりするんだろう。もしかしたら、僕が嘘をついていたと思うかもしれない。けど、僕は嘘をついてはいない。彼らは、一度は僕のことを嘘つきだと思ったとしても、いずれは嘘じゃなかったことを理解してくれるだろう。
 あのクリスマスの日、確かに本物のサンタクロースが居たことを、大人になった彼らが理解する日がきっと来ると信じている。大人になってサンタクロースの真実を知ったとしても、本物のサンタクロースが居なくなるわけじゃない。


  ◇


 もちろん、夜中にそっとプレゼントを並べている僕も、ニセモノのサンタクロースだ。
 目が覚めてプレゼントを見つけたときの驚きと喜び、その嬉しい気持ちこそが、本物のサンタクロースなんだと、僕は信じている。
 何年か前のクリスマスに、眠っている妻の傍らにそっとプレゼントを置いたことがある。目を覚ました妻は、とても驚いた様子で顔を輝かせて喜んだ。幼い息子に「ママにもサンタクロース来たよ!」と、興奮気味に報告した。彼女は当然、プレゼントを置いたのが誰なのか知っている。けど、その日確かに彼女には本物のサンタクロースが来たのだ。
 そして、その妻や子供たちの笑顔が、本物のサンタクロースからの、僕へのプレゼントだ。


  ◇


 本物のサンタクロースは、コーラの宣伝なんかしないし、フライドチキンの街頭販売もしない。もちろん NORAD に追跡されたりなんかもしない。
 我が家では「サンタクロースは良い子の所にだけ来る」とか、「良い子にしてないとサンタクロース来てくれないよ」とかは、絶対に言わない。一般に子供はみんな良い子だ。少なくとも我が家に悪い子は居ない。
 ついでにゆーと、「ママの言うこと聞かない子はガチャピンに食べられちゃうよ」とか、「泣き止まないとなまはげが来るよ」なんてことは、妻も僕も決して言わない。妻と僕は、子供に嘘はつかないことにしているのだ。


文章表現論2007 - 石田のヲモツタコト