読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

石田のヲモツタコト

書いてるのは 石田剛 です。

文章表現論 お題:金 タイトル:「カネを稼ぐ」

暮らし 文章表現論2007

 我が家の家事分担は偏っている。
 ただしこれは、妻と私と子供たちそれぞれで、分担している内容が違うことによる偏りであって、分担している量の偏りではない。もっとも、子供たちはまだ幼いので、彼らの分担する量は妻や私に比べれば、ずっと少ない。妻と私の分担している量が均等かは、比べる方法が思いつかないので、よくわからない。


 2人居る子供のうち、下の子はまだ幼すぎて、家事らしきものはほぼ分担していない。上の子は、主にテレビの主電源の入り切りや、猫の世話の一部などを分担している。
 妻は、主に 掃除, 洗濯, 炊事など、いわゆる主婦業のほとんどを分担している。私がこれらの家事をすることが無いわけではないが、その量は極めて少ない。また、これらの家事においては、台所の使い方や道具を収める場所などは、妻に決定権がある。たまに私が助言することはあるが、その助言を参考にするかどうかは妻が決める。


 私の主な分担は、なんと言っても「カネを稼ぐ」ことだ。「カネを稼ぐ」ことが、掃除や洗濯や炊事と同じく、わが家の暮らしを維持していく上で欠くことのできない家事の一形態であることに、妻と私は合意している。
 上の子が生まれるまでは、妻も働いて少なからぬカネを稼いでいた。しかし今は、わが家の収入のほぼ全てが、私の稼ぎに依存している。


 これらの家事分担は、少なくとも妻と私の間では両者合意の上で分担していることだ。子供たちはまだ幼いので、彼らがこの分担に同意しているか否かの判断は保留しておく。


 私は働いてカネを稼ぐ。私は今の仕事にそれなりに満足している。仕事にやりがいを感じるし、内容に興味もあるし、将来どうなりたいかのイメージもいちおうある。また、自分の仕事が社会の富を増やすことに貢献しているという自負も、いちおうある。
 ひとことで言って、私は好きなことを仕事にすることができている。これはとてもありがたい事だと感じている。


 しかし、私が働いてカネを稼ぐことの最も重要な目的は、間違いなくわが家の暮らしを維持することである。もし、私が稼がなくてもわが家の暮らしに支障が無いなら、私は今やってる仕事はたぶんやめてしまう。その代わりに、私がもっと興味を抱いているが、今ほどの収入が得られるかはわからない仕事をすることにするだろう。
 ただし実際にそうするなら、私は「カネを稼ぐ」という家事を分担していないことになるから、家事分担について家族で話し合う必要がある。


 こういう状況においては、「カネを稼ぐ」ことは、家事の一形態だと理解するのが自然だと、妻と私は考えている。


文章表現論2007 - 石田のヲモツタコト