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石田のヲモツタコト

書いてるのは 石田剛 です。

「引用」と「転載」の違いは、論文を読み書きする者の必須の知識では?

らん丈市議の日記エントリで、あいかわらずダメな引用をしてる。しかも、「引用」と「転載」の違いを理解していないらしい。

 その講談社文芸文庫が、昨日の朝日新聞に、丸谷才一による短評つきの広告を載せました。下記に抜粋を転載します。

「抜粋を転載します」って、日本語として成立してないと思うな。たぶん「転載」の意味を誤解してる。
「引用」と「転載」の違いは、論文を読み書きする者の必須の知識だと、石田は理解していたが違うのだろうか? 立教大学や、早稲田大学の大学院では、これは教わらなかったのだろうか?


引用の仕方が不適切であることはずっと前に、「市民から市議会議員であるらん丈氏へのお願い」として、改善をお願いしたことがある。けど、ぜんぜん改善してないな。
参考:2007/10/03付け『町田市議会議員&真打“三遊亭らん丈”の「いやはやなんとも日記」 - 「今日は、早大大学院」』についてのお尋ねとお願い - 石田のヲモツタコト


ついでに、同じエントリの二分法の使い方にも言及しとこう。

 世の中には、2分法で考える場合があります。
 たとえば、女と男。巨人ファンとアンチジャイアンツ。うどん好きとそば好き。漉し餡か潰し餡か。
 そこで、提案したいのです。
 講談社文芸文庫を読んだことがあるか、ないか。


最後の「講談社文芸文庫を読んだことがあるか、ないか。」は、二分法で考えても構わないだろう。そういう提案をするのも、らん丈氏の自由だ。ただし、石田はその提案にどういう意味があるのかわからない。
例として挙げた「女と男。巨人ファンとアンチジャイアンツ。うどん好きとそば好き。漉し餡か潰し餡か。」は、いずれも二分法で考えるのは不適切だ。どれも「どちらでもない」という可能性があるからだ。例えば、今の石田は巨人ファンでもアンチ巨人でもない。