石田のヲモツタコト

書いてるのは 石田剛 です。

【重要】まずは「石田のヲモツタコト」の中の人と「その他の石田」の分離を読んでください。

「なまはげツアー」のサイトで紹介された「声」が示すこと

# 2008/02/23 脱字を 1個 補った
# 2008/02/23 『「なまはげツアー」のサイトの』を追加


ゲーム脳の説明: Interdisciplinary」のコメント欄で、石田が「なまはげ」について述べたこととかをまとめておく。


親子連れ向けの「なまはげツアー」なるものがある。ツアー参加者によるものではないようだが、「なまはげツアー」のサイトのコメント欄でこんな「意見」が紹介されてる。そのコメントを紹介したのは、「なまはげツアー」のサイトの管理者の方らしい。

我が家では、昨年末テレビでなまはげの映像を見た長男(3歳)が大変怖がりました。「悪い子にしていたらなまはげが来て連れて行かれる」と教え、以来「まなはげ呼ぶよ」と言うと即言う事を聞くようになりました。


石田は、これは「教育」ではないと考えている。この「意見」をわざわざ取り上げてるあたりから、この「なまはげツアー」のダメっぷりが伺える。


信仰や習俗としての「なまはげ」については、石田は特に言いたいことはない。なまはげが家や宿にやってきて、子供を驚かせて帰るだけなら、それが楽しいと思う人はやれば良い。


けど、「なまはげ」を「躾の道具」だと思ってる人も、世の中には居るようだ。
とりあえず、政府が出す白書で、「躾の道具」としての「なまはげ」を、肯定的に取り上げていることには、政府の主のひとりとして、異存があるので意見を述べたことがある。
参考:国民生活白書があやしげな件 - 石田のヲモツタコト


石田は、わが子の教育に「なまはげ」も「ばちがあたる」も使わないし使いたくない。わが子には「社会の規範」に *なぜ従う必要があるのか* を、自分の頭で考えて理解して欲しいと、石田は考えている。
社会を構成する個人の多くが、「社会の規範」に *なぜ従う必要があるのか* を考えなくなれば、一旦できてしまった「社会の規範」を、状況の変化にあわせて変えていくことが、難しくなるだろう。


石田は現代の日本においても、「お米を一粒も残すべきでない」と教える根拠が有ると考えている。石田は本を踏まないし、わが子にも本を踏まないように教えている。そのときは、なぜ踏んではいけないか必ず話すし、子供に「なぜだと思う?」と問いかけたりもする。石田は、わが子にこれらのことを教える上で、「なまはげ」や「ばちあたり」という概念を必要としない。
これらのことについて、幼児が適切な判断することまでは期待していない。けど、考える練習はさせているし、させるべきだと考えている。


なまはげツアー」に連れて行かれ、なまはげから「親の言うことを聞け」と脅された子供は、もう少し大きくなって、実はなまはげと親がグルだったことに気付いたとき何を感じるだろう。
石田がその子供なら、そんな手段に頼った親を情けなく思い、悲しい気持ちになるかもしれない。


参考:
ニセ科学フォーラム2007 聴講レポート (なまはげ編) - 石田のヲモツタコト
うそつきは何の始まりなんだろう? - 石田のヲモツタコト
文章表現論 お題:偽 タイトル:「僕も偽物サンタクロース」 - 石田のヲモツタコト