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石田のヲモツタコト

書いてるのは 石田剛 です。

現代の日本において「お米を一粒も残すべきでない」と教える根拠

教育

# 2008/02/23 「7.自己の生命うんぬん」のところの記述をより正確にした
# 2008/02/25 ちょっとなおした 信じている宗教 → 信仰している宗教
# 2008/02/27 追記あり


ここで言う「お米を残す」とは、茶碗にご飯粒を残したまま、食卓を離れることだと石田は認識してる。この茶碗をそのまま洗ってしまえば、残ったご飯粒は捨ててしまうことになる。
つまり、ここで言ってる「お米を一粒も残すべきでない」は、正確に言うと「食べるものを捨てるべきでない」ということだと、石田は認識している。


そんで、石田が考える「食べるものを捨てるべきでない」ことを教えるべき根拠は、たくさんある。ぱっと思いつくだけ列挙してみる。より重要な順とかじゃない。もっと他にもあるかもしれない。

  1. もったいないから。
  2. 毎日ご飯が食べられることが、すごく幸運で、とてもありがたいことだと思うから。
  3. 頂いた命に申し訳ないから。
  4. 自分の手元に食べ物が届くのは 作る人, 計る人, 詰める人, 買う人, 運ぶ人, 売る人 など、たくさんの人が働いてくれているおかげだと知っているから。
  5. 自分が捨てた分の食べ物を、ハナから買わずにいれば、それが回りまわって食べ物を必要としている誰かの手に入る可能性があるから。
  6. 食べ物を捨てるとき悲しい気持ちになるから。*1
  7. 自己の生命維持に必要な分を超えて、自己の外の系のエントロピーを増大させるのは申し訳ないと思うから。

最後のは言ってみたかっただけだ。石田は「自己の外の系のエントロピーを増大させる」がどういう意味か、ちゃんとわかってるか自信が無い。


「頂いた命に申し訳ないから」とかは、「それ宗教じゃん」って言われたら、「そうだね」としか答えようが無い。石田にも信仰している宗教があるので、それでかまわない。


参考:「なまはげツアー」のサイトで紹介された「声」が示すこと - 石田のヲモツタコトのコメント


追記:
apjさん のコメントを受けて、本文が誤解されやすい状態だと判断したので追記する。
ここで言う「一粒も残さない」は、ほぼ全部食べたのに数粒のご飯粒を茶碗に残すことの話。満腹になったのに「もっと食べろ」と言う話じゃない。

*1:なぜ悲しいのかは、自分でもよくわからない。けど、確かに悲しい。もしかしたら、母が食べ物を捨てるときに悲しそうに(または申し訳なさそうに)していたからかもしれないが、それを見た記憶は無い。