石田のヲモツタコト

書いてるのは 石田剛 です。

【重要】まずは「石田のヲモツタコト」の中の人と「その他の石田」の分離を読んでください。

文章表現論 お題:女 タイトル:「まだ見ぬ娘」

 結婚するとき、妻と「子供は三人くらい」とか、「できれば男の子と女の子の両方」とか話していた。
 いま、幸いにして我が家では、妻と私と、その二人の子供が楽しく暮らしている。子供は二人とも男の子で、まだ幼児だ。二人ともとてもかわいい。さらに最近は、兄の方はだんだんカッコ良くも、賢くもなってきていて、親ばかの妻と私を喜ばせてくれている。


 妻とは、子供の将来についてもいろんな話をする。子供がどんなことに興味を持つだろうかとか、親子でどんな楽しいことができるかといった話が多い。たまには、子供が将来どんな職業を選ぶだろうかという話までする。幼児のわが子を前に、親ばかな妄想は尽きない。


 親ばか妄想は、まだ居ない娘にまで及ぶ。
 妻は、娘と一緒に買い物がしたいそうだ。娘と母で洋服や靴や小物などを、おしゃべりしながら買い物したいと妻は話す。この妄想は「娘限定」で、息子と買い物ではダメなのだそうだ。他にも、子供と母で一緒にお菓子作りや、料理とかもしたいそうだが、これらは息子とでもかまわないとのことだ。
 私は娘とデートがしたい。この妄想は当然に「娘限定」だ。平日の夜に待ち合わせして食事したり、休日に二人で水族館に行ったり、買い物もたまには良いだろう。


 もちろん、息子の将来については、もっとはるかにたくさんの妄想話が、妻と私の間で湧いて出る。今のところ「娘限定」の妄想話は前述の物ぐらいだ。「息子限定」の妄想もいくつかあり、その中には妻による「息子とのデート」も、当然に含まれている。しかし、親ばか妄想の大半は男の子でも女の子でも、どちらでもかまわない物だ。


 「娘限定」の親ばか妄想がわずかとはいえ、妻と私は実現する気満々だ。今は、三人目の子供を授かることを、二人で祈っている。
 もし三人目の子供を授かることがあり、その子が男の子だった場合は、四人目の子供を授かることを祈る予定だ。さらに、もし四人目の子供を授かることがあり、その子が男の子だった場合は、五人目の子供を…(以下九人目まで続くが省略)


 どうやら、我が家は(いろんな意味で)幸せな家庭のようだ。


文章表現論2007 - 石田のヲモツタコト