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石田のヲモツタコト

書いてるのは 石田剛 です。

音声ではなく文字で議論することの効能

石田は、直接会って議論するより、文字で議論する方が互いに誤解せずにすむと考えている。その理由をざっと思いつくまま挙げてみる。より重要な順とかじゃないし、他にもあるかもしれない。

  1. 自分が書いた文章を読み返して、推敲してから発言できる。
  2. 過去の自分の発言を明示して撤回できる。逆に、音声での議論では、どの部分を撤回し、どの部分は撤回しないのかが、しばしば曖昧になる。
  3. 何かの拍子に、うっかりカッとなったときも、頭を冷やす時間を取れる。
  4. 「さっきはこう言った」「いや、そんなこと言ってない」といった不毛な水掛け論を避けられる。
  5. いつでも過去の発言を、正確に読み返すことができる。
  6. 誰かの発言が、その誰か自身の中で矛盾しているとき、それを正確に指摘できる。また、自分がその失敗をしでかしたときも、そのことを自覚しやすい。


会って話す方が、表情が見えるとか声の調子でニュアンスが伝わるということは、あり得るだろう。しかし、そういう微妙なニュアンスを読み取ることがむしろ、しばしば誤解を招いていると、石田は考えている。
文字で議論するときには「書いてないことを読まない」ことはすごく重要だ。これをすると、議論はたちまち迷走する。ただし、これは文字で議論するときに限った問題ではない。音声で議論するときも、だれも言ってないことをうっかり聞き取ってしまうケースは、しばしば見かける。


それから、面と向かっては言えない事は書かないように、石田は心がけている。これは、石田がそう心がけているだけで、そうする方が議論がしやすいのかどうかは、検討の余地がある。


参考:町田市民病院はこのような状況に陥っていないのだろうか? - 石田のヲモツタコト


2008/12/19追記:
文章で読める、良質な議論の例をいくつか挙げておく。これらを読むほうが、石田が上に書いた能書きを読むより、ずっと「文章で議論することの良さ」がわかりやすい。
リヴァイアさん、日々のわざ: やっぱり危ないタミフル
リヴァイアさん、日々のわざ: タミフル本とパンデミック本
TAKESANさんのご質問に答える - あらきけいすけの雑記帳


石田自身が議論に加わってる例には、こんなのがある。
教育の窓・ある退職校長の想い:昨日の『たけしの日本教育白書2008』をみて、
教育の窓・ある退職校長の想い:不況を乗り越える!
リヴァイアさん、日々のわざ: 学校の経験値が下がっている?


あと、上に挙げたものに比べてずっと分量が少ないが、石田は下記ブログのコメント欄で行われた質問と応答も、とても有意義だったと考えている。
市川勝斗のブログ!:決算審査終了