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石田のヲモツタコト

書いてるのは 石田剛 です。

加法における加数と被加数の交換法則について

 今日は 息子2(小2) のクラスに、絵本の読み聞かせに行った。


 読み聞かせは時間割で「としょ」になってるコマ。少し早く行って教室を覗くと算数の授業してた。先生が「たし算」で「たす数」と「たされる数」が可換であることを子どもらに話してる。
 ところが「可換であること」を話した直後に、板書した「たし算」の式を示して、どっちが「たす数」で、どっちが「たされる数」か、子どもらに尋ね始めた。どうやら、石田が覗く前にそういうことを教えてたようで、板書を見ると「たし算」の加数と被加数の下に線を引き、それぞれに色チョークで「たす数」「たされる数」と書いてある。先生はその部分を拭き消したうえで、どっちが「たす数」で、どっちが「たされる数」か、さらに子どもらに尋ねる。終いには、板書の被加数を手で示した上で、子どもらに目を閉じ、机に顔を伏せさせて、「『たす数』だと思うひとー。『たされる数』だと思うひとー」と挙手させてた。
 なんでそこまで執拗に加数と被加数の区別にこだわるのか、ものすごく不思議にヲモツタのだった。


 可換であることは極めて重要だが、加数と被加数の区別なんてどうでもいいだろ。可換であることこそ、もっと執拗に教えろよ。ってゆーか、『ほとんどの場合で加数と被加数を区別する意味は無い』ことこそを子どもらに教えるべきではないのだろうか?


 息子2 が持ってる教科書は確認した。「たされる数」と「たす数」とは書いてあるが、これは可換であることの説明のためだけに書いてあるように読み取れる。可換であることは 2ページ 使って説明し、しかも赤枠で囲んだ記述で 2度 にわたって、「可換だ」と執拗に書いてある。その後の練習問題に、加数と被加数の区別が必要な問題は無いようだ。


 またぞろ教科書会社が作った『指導書(と称する教師に考えることを放棄させる手引書)』に、なんかヘンなこと書いてあるのだろうか? 石田の手元には、指導書は無いので確認はできない。
 幸い、学習指導要領とその解説ならだれでも読める。「まさか『加数と被加数の区別を教えなさい』などと書いてるわけないよね」とヲモイつつ、いちおう読んで見ることにした。たぶん、該当の箇所はここなんだろう。


新学習指導要領・生きる力 小学校学習指導要領 (本文) 第2章 各教科 第3節 算数*1

ウ 加法及び減法に関して成り立つ性質を調べ,それを計算の仕方を考えたり計算の確かめをしたりすることに生かすこと。


新学習指導要領・生きる力 小学校学習指導要領解説 算数(2)第3章〜第4章(PDF:502KB)p85

 ここで扱う性質としては,第2学年の「内容の取扱い」の(3)で「ウについては,交換法則や結合法則を取り扱うものとする」と示しているように,加法に関して成り立つ交換法則や結合法則を指導する。


 ヲモツタとおり、そんなこと書いてない。誰か小学校教員が子どもらにするのと同じくらい執拗に、教員に『加法において加数と被加数を区別するのはバカバカしいことだ』って教えてくれる人は居ないんだろうか?
 「そういうことするための公務員を、国でも自治体でもたくさん雇ってるんだから、そいつらちゃんと仕事しろよ」とか言うと、「教育の自治を行政が侵す」って事になっちゃうのかな。それは確かにイヤだな。だとすると、やはり親が先生を説得するしか無いのだろうか? 小学校の先生って、事務仕事が多くてすごく忙しいらしいけど、親の方だってそんな説得に時間を容易に割けるほどヒマじゃない。*2
 とりあえず、わが子には「先生も間違えることがあるんだよ。けど、間違える先生がダメな先生とは限らない*3のだよ。学校では先生の言うことはよく聞かなきゃダメだよ」ということは繰り返し教えている。

*1:どうでもいーんだが、横書きの文書だから読点を「コンマ」にするんなら、句点は「ピリオド」にしなきゃおかしくね? ってか、コンマなら ASCII にあるんだから、わざわざマルチバイト文字のコンマなんか使う必要無くね?

*2:来週、面談があるけど、時間はたったの 15分 だ。他に重要な話がたくさんありすぎて、『加数と被加数を区別するのはバカバカしいことだ』ってな、(相対的に)瑣末な話をする余裕は無さそうだ。

*3:本当は「ダメな先生なのではない」と言いたいのだが、ダメな場合もあり得るので、こう言わざるを得ない。
参考:http://twitter.com/IshidaTsuyoshi/status/284283736206503937