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石田のヲモツタコト

書いてるのは 石田剛 です。

「プライバシー」ってなんだっけ?

小学校 PTA

 石田の子どもらが通っている小学校の PTA では、毎年春の保護者会*1で、その年の委員と係を決める。今年の決め方はひどかった。

 誰もやりたがらない委員や係は、クジで決めるというのだ。しかも、クジで当たった方がどうしても引き受けることができない事情がある場合は、その事情を保護者会の出席者に明らかにし、出席者全員が納得したらやらなくて良いというのだ。

 クジを使うことは、その保護者会のひと月前くらいに、すべての保護者に宛てた PTA会長 からの手紙に書いてあった。「その事情を明らかにして全員が納得したらやらなくて良い」は保護者会の直前に、一部の保護者にだけ配られた文書にしか書いてなかった。けど、それを周知しなくても、クジで当たった方が断るのは難しかっただろう。石田は、その「ひと月前」の時点で「クジはダメだ」と指摘して、制止しなかったことに自責の念を感じている。*2


 一歩譲って、 PTA役員 の方々が、これがどのようにひどいか理解できないことは、やむを得ないことにしよう。しかし、小学校の校長と副校長は、これがどうひどいか理解するべきだ。

 この保護者会のしばらく後に、石田は、校長と副校長と会って話す機会があったので、そのときに「これはひどい。なぜ制止しなかったのか」と訊ねた。すると、おふたりとも「どうひどいのかわからない」と言うのだ。

 石田は、これがどうひどいか、こう言えば一番簡単にわかるだろうと思って、病気の名前*3をひとつ挙げて「例えばクジで当たった方が、その病気で加療中であって、その病気特有の都合で引き受けられない場合は、それを言わなければいけませんか?」という話をした。副校長は、ごく当たり前のことのように、まったくの真顔で「病名までは言わなくて良いと思いますよ」と言い放った。実際にめまいはしなかったが、それに似た、目の前で起こっていることを現実と認め難いような、不思議な感覚を石田は味わった。

 小学校の副校長を務める方が、こんなことを言えることに、その時は非常に驚いた*4。じゃあ、病気だから引き受けられないということは言わなければならないのか、『理由は言わないけどできません』と言ったのでは断れないのか*5。その時は、この話は、それ以上深く話すことができなかった。


 このやり方は、上に書いた「プラバシー」のこと以外にも、たくさんの問題がある。石田は、機会を捉えて「それが、どうひどいのか」もう一度、先生方と話し合いたいと考えていた。しかし、それはやめにした。この春からの 4ヶ月 の間に、先生方や PTA役員 の方々との間で起こったいろいろと、それらに対する主に副校長の言動から、そういう話し合いをするのは無駄だと理解せざるを得なかった。とても残念だ。

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石田剛 IshidaTsuyoshi


参考:
「やりたくないことはやらない」は、ゴールではなくて出発点だ - 石田のヲモツタコト
配布できなかった PTA学級通信 - 石田のヲモツタコト

*1:もしかしたら、「PTA学級会」と呼ぶべきなのかもしれない。
2014/8/13追記:担任の教員も PTA会員 なんだから、やっぱ「PTA学級会」と呼ぶのが正しい気がする。

*2:もっとも、今にして思えば、あのとき制止しようとしてもきっと無駄だったろう。しかし、それでも「クジはダメだ」と言わなかったことに、今も自責の念を感じている。

*3:その病名はここには書かない。特別に珍しい病気じゃない。

*4:その後、驚くことがいっぱいありすぎて、だんだん驚かなくなってきた。

*5:実際には、こう言い切れる方は少ないだろう。そんなことしたら、保護者の間で起こる『いじめ』の標的になってしまう可能性が高い。しかし、そう言っても良いのだと、より多くの方が理解するべきだ。