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石田のヲモツタコト

書いてるのは 石田剛 です。

ボランティでない『押し付け』に協力する校長

 校長からの回答と強い徒労感が健康に及ぼす影響など - 石田のヲモツタコト の続き。PTA会長が発した「賦役の免除制度」に関するお手紙について、先に公開した校長からの回答について、予告したとおり、石田の考えを述べていく。


see: 『ボランティア』を『条件付きでお休み』できるってどういうこと?



校長発, 石田あて, 2017年3月17日送信

Q3: 『上記文書は「PTA活動 に興味はあったけどやる機会が無かった方」が、やってみる機会を得る効果は期待できない』との意見に同意しますか。
A3: 私はそもそも上記意見と考え方が違うので同意も否もありません。私は、石田さんのように人のために活動してくださる方は、悲しいことですが、少ないと思っています。


Q4: 『上記文書は「PTA活動をやりたくない方,」「やりたいが難しい方」にとって、やらざるを得ない空気を醸成する効果が高い』との意見に同意しますか。
A4: 私はそもそも上記意見と考え方が違うので同意も否もありません。私は、石田さんのように自分の時間を人のために使おうとする方が多いとは思っていません。


Q6:『ボランティアとは、自発的な意思に基づいてすすべきことであり、「お休み制度」や、それが適用される条件などはあるべきでない』との意見に同意しますか。
A6: 私はそもそも上記意見と考え方が違うので同意も否もありません。

 
 この A3, A4, A6 にある「私はそもそも上記意見と考え方が違うので同意も否もありません」の「考え方」が何を指すのか、石田には読み取れなかった。しかし、石田が示した意見に同意していないことは、はっきり読み取れる。これは、「同意しない」と書けば済むことを、わざわざわかりにくく書いただけなのだと読み取った。

 しかし、校長がどう考えていようと、あの「お休み制度」が「賦役の免除制度」である事実は変わりようがない。校長が、その事実を認めない、不見識な、または不誠実な教職者であることが明らかになっただけだ。


 いただいた A3, A4 には、ありがたいことに補足的な記述があったので、こちらからは校長が「自分の時間を人のために使おうとする方が多いとは思っていません」と考えていることが読み取れた。ところで校長は同時に、 PTA で募る 委員 や 係 が、現に毎年、必ず定員の通りに選出されていることを知っている。これらの 委員 や 係 は、各クラス 1名 とか 3名 とかの定員が定められていて、毎度必ず定員を充足するのだ。

 これらのことから、校長は PTA で選出される 委員 や 係 の少なくとも一部が、ボランティアではなく『押し付け』によって成り立っているのだと理解しているということが分かる。この理解そのものは、石田もまったく同じ理解をしていて『「やりたくないことはやらない」は、ゴールではなくて出発点だ - 石田のヲモツタコト』にも、そのことを書いた。

 しかし、校長の言う「自分の時間を人のために使おうとする方が多いとは思っていません」は、明らかに間違っていることを石田は知っている。この小学校や、その周辺の地域に深く関わる活動をしているボランティア団体はたくさんあって、そこには押し付けでないボランティアで活動している方々は、とてもたくさんいらっしゃる。校長が知らないのは無理からぬ事だが、なかには希望者が多すぎて、募集をひかえめにしている団体まであるのだ。*1

 にも関わらず、 PTA が「自発的なボランティア」では人数が充足しない主な理由は、石田が知る限りこういうことだ。これらの一部は、この blog の過去エントリでも述べたことがある。

  1. PTA が嫌われているから
  2. PTA が必要だと思われていないから
  3. ボランティアを押し付けられるのがイヤだから

 石田は、自他ともに認める「自発的なボランティアをする人」だが、だからこそ「ボランティアを押し付けられる」のは、だいっ嫌いだ*2。こんな PTA が、多くの方、特に「自発的なボランティアをする人」に嫌われるのは、たぶん自然なことだ。

 「講演会の聴衆として出席する係」なんてものが、子どもらのために必要でないことは明らかだ。動員による講演会の講師を引き受けておいて「動員はダメだ」と言わない講師の見識は、そもそも低いと指摘するべきだ。そんな講師による講演会に動員された保護者が、子どもらのためになることを学ぶ可能性は極めて低い。

 石田は、 PTA が子どもらのために必要なこともしていて、しかも、本来とても楽しいものだと知っているからこそ、とても残念だ。


 ところで、校長の言う「私は、石田さんのように人のために活動してくださる方は、悲しいことですが、少ないと思っています」を真に受けてはいけない。これは、石田をおだてているだけであって、文意通りに「校長が自校保護者多数の公共心が高くないことを悲嘆している」と読み取るのは、あまりに酷なことだ。石田はそのようには読み取らない。

 実際には、校長は内心で悲嘆していて、そのことを石田に吐露したかったのかもしれない。しかし、そんなことは私信に書くならともかく、校長の職名で出す e-mail に書いてはいけない。


 それと、石田は自他ともに認める「自発的なボランティアをする人」だが、厳に誤解してほしくないことは、石田はこれらのボランティアを徹頭徹尾『利己的な動機』でしているということだ。石田は社会で生活している。その石田が快適に生活し続けるためには、将来、大人として社会の構成員になる子どもらの多くが、公正で賢い大人になってくれなければならないのだ。このことが、石田が子どもらに関わるボランティア活動のために、余暇に充てられる時間を割いている、極めて重要な動機のひとつだ。

 ついでに書いておくと、石田がやってる防災と減災に関わるボランティアも、利己的な動機でやっている。石田は、我が家や、我が家の近所で火災があったときには、誰かに火を消しに来てほしい。我が家を焼きたくないからだ。これが唯一の動機ってことは、まったくないが、もっとも重要な動機は確かにこれだ。

 石田が住む町には、実際に火を消しに来てくれるボランティアによる組織*3があって、石田はこれを書いている時点で、その組織の現役の構成員だ。この組織は、特に震災などで火災が同時に多発したときは、石田の家族と石田自身の安全のために極めて重要な仕事をするはずだ。もちろん、「石田の家族と石田」でない方の安全にとっても、たぶん重要なはずなのだが、利己的な石田にとっては、このことはさほど重要な事ではない。しかし、石田の利害と直接の関係が無い火災であっても、石田は石田がすべきことをする。石田が社会生活を営んでいる以上、その火災と石田に利害関係が無いということは、まず無いからだ。


(たぶん続く)
石田剛 IshidaTsuyoshi

*1:これらのボランティア団体を特定して列挙すると、その活動をしている方々に迷惑がかかる恐れがあるのでしない。

*2:総統閣下の音声で再生してください。

*3:わざとわかりにくく書いてますが、わかる方にはすぐにわかるあれのことです。